バケツをひっくり返したような雨、という言葉があるけれど。今日という日は正にその典型のようであるなあ、太陽のたの字も見えないほどにどんよりと影を負った曇り空を見上げてそう考える。地面に打ち付ける雨は水溜りというよりも最早小さな川を地面に作り出していて、豪雨警報もそりゃあ出るわ、なんてぼんやりと思ってしまった。最早見渡す限りの下駄箱からは既に外履きは消え去り、全て上履きが置いてある。何故私が学校の下駄箱からぼんやり雨空を眺めているのか。…単純に、傘を忘れたからである。まさかこんな土砂降りになるとは思わず、朝の天気予報を寝坊したせいで確認出来なかった私のミスである。
「最悪だな…どうしよ…」
既に学校が終わって二時間弱、部活は早目に切り上げろ、と学校全体での指示が出ているために既に校内には運動部が少しだけで文化部は皆帰宅していた。いっそ雨に濡れて帰ってしまおうか、教科書にサヨナラ告げなきゃ、なんて冗談抜きで思い始めたその時
「みょうじ?」
「っぎゃぁああぁっ!?!…金城くん…ごめん…」
「い、いや…不用意に触ってしまった俺が悪かった」
突然ぽん、と置かれた右肩の手、それと同時に鼓膜を震わせた高校生にしては低く大人びた声に思わず悲鳴を上げてしまえば、その人物…金城くんはびくぅっ、と一瞬身体を震わせて謝ってくれた。微妙に気まずい空気が流れた為にどうしようかと思い、どうにかいつも動かさない頭をフル回転させて一つの問いを捻り出す。
「まだ残ってたんだ?」
「ああ、居残り練習でな。みょうじはどうしたんだ?」
ああなるほど!と私は金城くんに返したのだけれど、ちらりと金城くんの片手を盗み見る。金城くんは男子高校生…というより彼にぴったりなシックな紺色の傘を持っていた。…ほう、成る程。
「金城くん!!!」
「!?」
「私をその傘に入れてくれませんか!!!」
―――
やっぱり言ってみるもんだ、なんてちょっとほっこりした私は今横で傘に入ることを許してくれた金城くんに感謝しなければならないだろう。やはり人間二人入るのには傘は小さくて思わず金城くんの方に寄ってしまうのだが、彼がスペースを作るのがうまいのか私の肩は濡れることがなかった。ふと金城くんを見上げてみれば、なんとまあ、彼は傘からほぼ半身出てしまっていて思わず開いた口が塞がらなかった。
「えええ金城くんめっちゃ濡れてる!!もっとこっち来なよ!!!」
「い、いや気にしなくていいぞみょうじ、お、俺が好きでやってるだけだ」
「ええ…金城くん雨好きなんだね…」
「あ、ああ…」
ぐいっ、と金城くんの腕を引くものの、彼は頑なに身体の片側を濡らすだけであったので、仕方なく私もまた無言に戻ることになってしまった。やがて目の前に別れ道が現れたのだが、私は右へ、金城くんは左へと足を進めようとし、お互いにぱちりと瞳を瞬かせた。
「…右か」
「うん、金城くんは左かあ…」
お互いに顔を見合わせて、どうしようかと頭を悩ませるものの、ここまで連れてきてくれた金城くんにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろうと濡れて帰る覚悟を決めた瞬間に、金城くんが私の手に傘の柄をぐっと押し付けてくる。
「えっ?金城くん?」
「女子が風邪を引くのは好ましくないからな、使ってくれ」
「えっでも金城くんだって部活…」
「俺はそんなに柔じゃないから大丈夫だ」
今だあたふたと混乱する私を尻目に金城くんはエナメルの鞄を頭の上に乗せて、「じゃあな」と颯爽と去って行ってしまった。残された私はこの傘をどうしようかと思ったのと、何かお礼をしなくちゃなあと考えるのと、どきどきと何故か高鳴っている胸を落ち着かせようとして混乱していた。雨って偉大だな、なんて自然に感謝してしまったのはどうしてだろうか。