「プロデューサーちゃん、料理出来ないの?」
S.E.Mの仕事の合間、三時間程空いた時間に昼の時間を迎えたので、S.E.Mのプロデューサーであるなまえと三人は事務所にて昼食を始めようとした最中のこと。かぱり、と大きく口を開けて焼きそばパンに齧り付く。そんな女子らしさとは縁遠い行動を今、正に、しようとしていたプロデューサーことみょうじなまえは咄嗟に気恥ずかしそうに焼きそばパンを遠退けると、声を掛けた人物に眉を顰めて質問への答えを返した。
「でき、え、出来ま、す」
「いやいや、不自然すぎるからねプロデューサーちゃん」
なまえの答えに質問をした張本人、山下次郎はなまえのその様子にへらりと笑った。「ていうか、どうしてそう思ったんですか?」と首を傾げたなまえに返事をしたのは、次郎の隣でほかほかのハンバーグを頬張っていた舞田類であった。なまえは出勤前にコンビニで事前に購入してきた焼きそばパン、S.E.Mの三人は近所の弁当屋の出前のハンバーグ弁当を食べている。因みに、その弁当は事務所の経費で落ちている。
「プロデューサーちゃん、always eat cooking bread!でしょ?節約ってよく言ってるけど、その割にお弁当じゃないし」
「ええ、いや、いつも惣菜パンなのは、いや、別に、ハハ」
ぱちり、とウィンクと共に流暢に紡がれた英語になまえは次郎と同じ様に力の抜けたへらりとした笑みを返す。次郎と違うのは、彼女がそのまま顔を逸らしたことだろう。隠していることがありますよ、と態度で示してしまっていることに次郎と類が顔を見合わせていることに気が付かず、なまえは今度こそ焼きそばパンに齧り付いた。かと思えば、#なまえの#頭上に影が出来る。不思議に思ったなまえが焼きそばパンをもぐもぐと咀嚼しながら見上げれば、そこには眉根に皺を寄せた硲道夫が立っていた。その表情に思わず仰け反ったなまえに、道夫は口を開く。
「プロデューサー、君が料理出来る出来ない如何に関しては私達に言及する権利はないだろう…だが」
君に倒れられては困る。真剣な表情で言われたその言葉に、なまえは思わず焼きそばパンを床に落としてしまった。「プロデューサー?」と心配そうに言う道夫に対して、なまえは「強がり言ってすみませんでした…」と頭を下げたのだった。次郎と類はその様子に、再び目を合わせて笑ったのだが、道夫だけは困惑の表情を浮かべていたのだった。
ーーー
その後、四人で会話した結果、なまえは次郎の家のキッチンに立っていた。自前のエプロンをしっかりと腰の後ろでリボン結びし、やる気を現すかのように息巻いている。家主の次郎はというと、そんなやる気満点ななまえの姿を見ながらどうしてこうなった、と小さく呟いた。
なまえが道夫に頭を下げた後、次郎と類も弁当を持ってなまえの傍に寄って会話に参加することになった。その話題は、なまえの料理について、であった。実は料理が出来ない、と明らかにした彼女に「どんな風に料理が出来ないの?」と次郎が口を開いた。なまえはそれに俯きながら小声で「爆発します」と、呟いた。
ぱちり、とその言葉に一度目を瞬かせた三人は顔を見合わせる。そしてすぐに、きらり、アイドルスマイルとも言える煌いた笑顔で類が「Explosionならミスターやましたの出番だね!」とぴんと人指し指を立てた。「へ?」とその言葉に一瞬呆気にとられた次郎の横で、今度は道夫が顎に手を宛てて「確かに一理ある。頼んだぞ、山下君」と次郎の肩に手を置いた。「へ?」と再び呟いた次郎に、今度はなまえが「山下さんお願いします!」と熱く両手で握手をした。そういう流れで、気が付けばなまえは次郎が休みの日に部屋を訪問することとなったのであった。
思い出してもよくわからないその展開に、次郎がはあ、と溜息を吐くと同時にぐるり、と振り向いたなまえの両手には玉葱と葱が握り締められていた。
「さて山下さん!まず何をすれば!?」
「……それじゃ、まず野菜の皮を剥きますか」
きらきら、と輝いている瞳に何も言えず、次郎もまた気合いを入れる様に腕まくりをしてなまえの隣に立つのであった。
ーーー
とん、とん、と意外にも危うげなく慣れた手付きで包丁を操るなまえに次郎は不意打ちされた気持ちであった。料理が出来ない、ということは料理を殆どしないという風に勝手に思い込んでいた自分を次郎は少し恥じた。その手付きは、知らない者が見れば「爆発する」料理が出来るとは思えない程に手際が良い。へえ、と小さく息を呑んだ次郎に、なまえが気恥ずかしそうに頬を赤くしながら次郎を見上げた。
「包丁だけは昔から親に教えられてたんです」
「成程、良い親御さんだったんだね」
しかし爆発ね、と小さく続けた次郎になまえはうっ、と呻き声を上げた。図星を突かれた時、彼女はよくこの声を出すことを知っていた次郎はけらりと笑った。それによりなまえはむ、と少し眉根を寄せて今度は切り終えたジャガイモや人参を先に炒めていた牛肉に加えて木製のしゃもじで一緒に炒め始める。今回は、仕事が終わり次第合流する類のリクエストでオーソドックスにカレーを作ることになったのだ。次郎もまた、それなら爆発しようがないだろうと諸手を挙げたのだった。
「……山下さんも、ていうか一般男性?もですけど、料理出来る女の子が皆理想ですもんね」
「まあ、そりゃあねえ。家庭で待ってる料理は美味しい方が良いし」
ぱき、とカレールウを四つに折ってなまえの手元の様子を見ながら返事をした次郎に、なまえは「ふうん」と小さく返した。意外にもその返事が先程までとは打って変わって不機嫌そうで、次郎は不思議に思いながら言葉を続けた。
「でも、おじさんは料理出来るよりも一緒にいて気楽な人がいいよ」
「……?」
鍋にどぼどぼと水を加えながら、なまえは次郎の言葉に首を傾げた。良く理解出来ていないのだろう、と察した次郎は込み上げる羞恥心に蓋をして、更に続けた。
「……なまえみたいに、気楽な人と一緒になれたらな、ってね」
なまえが水を入れた鍋を再び火にかけ、沸騰し始めたところに次郎が先程四つに分けたカレールウを一つずつ投入し、お玉でぐるぐると掻き混ぜ始める。手持ち無沙汰なもう片方の手は、先程の自らの発言に赤くなっているであろう頬を隠すように、頬を掻く。…が、ぐつぐつとカレーの方がとろみを出し始めてきてしまった程時間が経ったというのに、なまえからは無言を貫かれていた。流石の次郎もこれには堪えて、「あの、なまえさん…?」とちらりと横目で彼女の様子を確認した。
「え、あ…!?や、な」
ちらり、と次郎が見たなまえは一目で分かる程に顔を真っ赤にしていた。次郎に見られている、と気が付いた途端に更に顔に熱が集まったのか、慌てて両頬を両手で覆うものの今度は耳まで赤くしてしまった。そんな初々しい反応を返されれば、次郎も面食らう、というもので。思わず次郎まで頬を赤らめてしまう。
ぐるぐる、と二人の眼の前では心中を表すかのようにカレーがお玉によって掻き回され、渦を巻いていた。すう、どちらともなく息を吸う音が小さく響く。
「あの、」
「あの、さ」
二人が同時に声を上げ、逸らされていた視線が再び交わり合う。お互いがお互いの言わんとすることを理解しているかのような空気すら漂う中、二人の唇が動き出そうとした。その瞬間。
「I can smell nice curry!お邪魔するね、ミスターやましたにプロデューサー、ちゃん?」
バン!事前に言付けてあったから故か、珍しく類がノックなしにドアを開け、二人の姿を視認した瞬間に語尾を小さくして行く。それもその筈、顔を赤くして向かい合う二人の距離は数十センチに満たない。類は一瞬ポカンと口を開けたものの、二人が目を見開いて固まっているのを良い事に掌を顔の前で合わせて、
「Wow、bad timing?」
と呟いてから再びドアを開けて出て行ってしまった。ぽかん、と近付いたまま類のいた方を眺めていた二人だったが、先に我に返った次郎が「ちょ、ま、るい!」とどたばたと類を追いかけて行った。なまえはぽかんとその光景を眺めた後、努めて冷静にカレーの火を止め、夢見心地で先程の光景を瞼の裏に映し出す。
ほあ、と小さく満足そうな息を吐いたなまえが気が付くと、目の前のカレーがぼこぼこと膨らみ始めている。「え?」なまえが小さく呟いた瞬間、類の首根っこを掴んだ次郎がガチャリとドアを開けた。「え?」次郎もまた、なまえの目の前でぼこぼこと膨らむカレーに驚きの声をあげる。
「わ、本当に爆発するんだ!?」
思わず英語が抜けた類の言葉に呼応するかのように、ボン!とカレーが爆発した。
なまえが料理を爆発させる要因はふとした瞬間に意識が飛び、何故か色んな食材を無意識で投げ入れてしまうからということに気がつくのは、その数日後である。
※カレーは爆発しません