するり、と私より長い髪の毛は指先をすり抜けていく。枝毛なんか存在しないそこら辺の女子より綺麗な髪の毛はさながら絹のよう、なんて。そんなに褒めたらきっとこの人は大きな声で笑い出すだろうから、言わないけれど。私の隣で折原さんにメイクを施しているメイクさんがチークを片手に持ったまま、ほぅ、と感嘆の声を漏らした。

「折原さんの髪の毛は素晴らしいですねえ…」
「有難う!!やはり私は美しい…罪作りな男…」
「はいはい、無駄に動かないでください」

あまり力を込めずにぐ、と綺麗な髪の毛を引けば「痛っ」と小さく声を漏らしたのが彼らしくなくて思わずクスクスと笑ってしまう。ふくり、と頬を膨らませて非難の目を向けて来る折原さんに誤魔化すように作業する手を再び動かす。

「む、笑うなんて酷いじゃないかプロデューサー」
「ふふ、ごめんなさい。時間無いので前を向いててくださいね」

それもそうだな、とすぐに前を向いてくれた折原さんにホッと小さく息を吐く。彼のプロデューサーという立場ではあるのだが、正直な話彼は綺麗だから少し緊張してしまうのだ。何より、彼は自分が綺麗だという自覚があるのが何とも恐ろしいところだ。その気になれば好きになった女の子なんて簡単にオトせるんじゃなかろうか、なんて思うこともあるけどそんなことになったら仕事の方が大変になるので想像することはやめた。

さて、私は現在折原さんの髪の毛を三つ編みにする作業をしている。メイクさんには時間短縮の為に私と同時進行でメイクをして貰っている。というのも、これから彼は本来所属するArSではなく、アイチュウシャッフル企画で出来た『Warlock』として音楽番組に出演するのだ。Warlockの中でも一番支度が掛かってしまうのは折原さんで、それというのも彼はその長い髪の毛をいくつも三つ編みにする必要があるからだ。衣装を決めた段階からずっと、何故か私が彼の髪の毛を結んであげている。それと言うのも、衣装の相談をしていた段階で折原さんがキラキラとした笑顔で「それなら私の髪はプロデューサーに結んで欲しい!」と請われたからに他ならない。別にそれくらいなら大した不安にもならないから、とWarlock時の彼のヘアメイク担当は私になったのだった。


ーーー


それじゃあ私は、と一足先に仕事を終えたメイクさんは楽屋を後にした。そろそろ収録の時間も近付いて来て、折原さんは机の上に置いた歌詞を見ながら再確認するように鼻歌を奏でている。手の動きは止めずに、彼の姿を見ていると本当に綺麗な人だなあ、という感想を抱く。彼は本当に、初めて会った時から変わらずに、…ずっと美しい。勿論他のアイチュウだって皆、スカウトした瞬間から美しく、魅力的だった。それでも彼は、特に美しいと思う。

自分を自ら美しいと評すだけあって、彼は自己の研鑽を欠かさない。それは私が初めて出会った瞬間より、もっと昔から、それこそもしかしたら産まれてからずっとなのかもしれない。爪先から、頭の天辺まで。努力の結果をその身に反映されている彼は、美しいという賛辞を受けるのが相応しい、そういう印象を抱かせる。そして私は、そんな人をアイチュウとして世の中の人間に知らしめることを出来たことが、この上なく幸せだ。彼がアイチュウからアイドルになるその瞬間まで、ずっと、傍で背中を押せることが幸せなのだ。きゅ、と最後の一房を三つ編みにして、紅く輝く宝石の付いたゴールドリングを取り付ける。

「はい、おしまい」
「有難う!流石はプロデューサーだな…私がより美しく見える!」

きらり、輝く笑顔で鏡を覗き込んで折原さんは笑う。WarlockはStrangeをキーワードにしている故に魔女の様な、不思議な雰囲気を纏う衣装を身に着けているが、折原さんのその笑顔はいつもと変わらずただ純粋に目の前のことを喜ぶ子供のようだ。裏ではこんなに純粋な表情を浮かべる人が、舞台に上がれば妖艶な表情で歌い出すのだから、表現の幅の広さにいつも驚かされる。

「どういたしまして!しかしなんで折原さん、髪、私に結んで貰いたいんですか?」

無邪気な笑顔に気恥ずかしくなるのを隠すように、後片付けと共に何気なくそう問えば一瞬の沈黙の後に「…ああ」と折原さんは小さく囁くように、呟いた。先程までとの様子の差に片付けの手は止めずに折原さんの様子を伺えば、彼は私が先程結んだばかりの自分の三つ編みにされた髪の毛を指先で弄んでいた。私の視線に気付いたのか、ぱっと自分の髪から手を離したかと思えば、綺麗な指先が私の髪を一房、持ち上げた。

「こうしている間は、貴女を独占出来るだろう?」
「…へ?」

私の髪を先程自分の髪をそうしていたように、くるりと指に巻きつけたりして弄ぶ。髪を結んでいた時よりも近い距離で、ふふ、と小さく笑う彼の表情は先程の純粋な笑顔ではなく、脳裏に描いていた舞台上の妖艶な笑顔を浮かべていて、背筋が戦慄いた。

「貴女はいつも、私から逃げてしまうからね」

魅了されてしまったのか、固まったように止まってしまった私をそのままに折原さんは弄んでいた髪を今度はまるで王子様がお姫様の手を取るかのように恭しく、持ち上げる。そして、

「おい、撮影始まるぞ…お前何やってんだ?」

ガチャン、と唐突に扉が開かれたと思えばあまり乗り気でなさそうな轟さんが姿を現した。その後ろから順に双海さん、朝陽くんが顔を出した。後ろにひっくり返ったままの私と、そんな私に手を伸ばしかけていた状態の折原さんは実に彼等の瞳には奇妙に映っていることだろう。慌てて起き上がって、撮影に早く行けと言外に表す様に折原さんの背中を叩けば彼はニッコリと普段と同じ様に笑った。

「な、ななんでもないです、ねね!?」
「少しプロデューサーと話していただけさ!さあ行こう!轟一誠!」

ふふん!と鼻息荒く轟くん達に向かって歩き出した折原くんに安堵からふう、と一つ息を吐いた。轟くんは「相変わらずうるせえ」と少しだけ鬱陶しそうな表情を浮かべた後に私を訝しげな表情で見詰めてくる。一体なんだ、と思った瞬間に

「…お前、なんで髪触ってんだ?」

と不思議そうに問うために私は掴んでいた髪からパッと手を放して「えっいや条件反射?ハハッ」と慌てて曖昧に笑ったのだが、明らかに怪しい私を追求する時間が惜しいのか轟さんは微妙な表情を浮かべながらも後ろにいる他の皆に声を掛けてスタジオへと向かっていく。残された私と折原さんの視線が一瞬、ぱちりと交差する。

「内緒だよ、プロデューサー」

くすり、と笑って私に背中を向けた折原さんに、ぱちぱち、と瞬きを繰り返す。内緒も何も、髪とはいえキスされたことなんて自分から言い振らせるわけが、ない。




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