つい昨日の夜のこと。南の島でのS.E.MとWのCM撮影ということで、何かと多忙なプロデューサーに代わり、新米プロデューサーである私が付き添うこととなった。なるべく多く写真を!とのお達しを受けているので、彼等が撮影前夜に花火に興じている姿をパシャパシャと撮影していたのだが、そんな私に舞田さんがいつもの如くにっこり笑顔で寄って来た。

「Hey!なまえちゃんも、ハイ!Enjoy handheld fireworks!」
「わ、有難う御座います!」

舞田さんから手渡された花火は所謂経過時間により色の変わる花火だった。舞田さんの持った青色の火を噴射している花火にそれを近付けて、今度は私の手持ちの花火が輝きはじめた。ピンクの光から、オレンジの輝きを放つ。

「はあ〜…綺麗ですね…」
「…そうだね、とってもcolorfulでbeautifulだね」

にっこり、私に笑いかけながら私にそう言う舞田さんなのだが、なんだかその纏う雰囲気が何時ものような明るさではないのに仄かな違和感を覚える。私は思ったことはすぐ言ってしまう性分なので、花火の光に目を奪われながら、問い掛けてしまう。

「舞田さん、何か悩みでもあるんですか?」

ぱちぱち、と大きな瞳を瞬かせる。流石はアイドル、顔が綺麗だなあ。となんだか得意げになってしまった。別に私の顔ではないけれど、自分の事務所のアイドルの綺麗さを実感したらきっとどんなプロデューサーも誇らしくなるだろう。うちのメインプロデューサーさんなら同意してくれる妙な確信が私にはあるのが、なんだか本当にうちの事務所って変人が多いんだな、と面白く感じてしまう。

「Wow、流石プロデューサーちゃん、だね」

舞田さんの持つ花火は既にその輝きを失っていて、彼はそれを水を張ったバケツに突っ込んだ。私の持つ花火もまた燃え尽きてしまったのかしゅう、と白い煙だけを上げて沈黙してしまった。舞田さんに倣って、燃え尽きた花火をバケツに放り込む。しゅうとまた小さく音が鳴って、それがなんだかノスタルジックな気分を呼び起こす。遠くから盛り上がっている蒼井兄弟の楽しげな声と、少し遠くに見える硲さんと山下さんなんだか哀愁漂う背中もまた、それを助長させている。

「ハイ、next、だよ」舞田さんは私の掌にぽん、と細い一本の花火を置いた。舞田さんは海に向かって座り込んで、隣に座る様に砂浜をぽん、と叩いた後にかちりと私の掌に乗せたものと同じ花火に、チャッカマンで火を点けた。緩やかに、花火が光を放ち始める。ぱちぱち、という弾ける音と共に火花が四方に散って、その先では小さな火の球が出来ていた。所謂線香花火、というやつで、少しばかりの懐かしさに心が躍る。

「ね、なまえちゃん」

ぱちぱち、四方に弾けるオレンジ色の光と、それ越しの月に照らされた夜の海を眺めていた私に舞田さんが声を掛ける。その声は、先程までの少しだけ不安そうな、何とも言えない声色とは一転して覚悟を決めたかの様な清々しさを伴っていた。

「はい、何ですか?」

光り輝いている花火から目を離して、隣の舞田さんへと視線を動かすと彼は何故か私のことをじっと見ていたのかばちりと視線が合ってしまった。顔面一杯に見える綺麗な顔に思わずぱちぱちと瞬きを繰り返せば、舞田さんはくすりと少し笑った。柔らかく細められた瞳を縁取る睫毛が女の私よりも長くて、神様は不平等であると嘆かざるを得ない。弾ける火花が琥珀の瞳に反射して、煌いている様に見えるのは所謂アイドルパワーなんだろうか。それとも、舞田さんが纏っている不思議な雰囲気のせいなのだろうか。思わず固唾を呑んだ私の唇に、舞田さんはとん、と人差し指の指先を優しく置いた。「え、」驚きから小さく口を開いた私にまたも少し目を細めて、舞田さんはゆっくりと私の耳元へと唇を寄せた。

「I think of you as more than a producer. …ふふ、意味は宿題だよ、なまえちゃん」








それじゃあ撮影始めまーす!そう今回の監督さんの声が響き渡り、それに返事をする中私は端の方で一人カタカタとパソコンを触っていた。勿論私的な利用ではない。今回の撮影に於いての報告書やら様々な書類整理の為に、だ。カタカタと打ち続けて、八割方完成に近づいた所でふう、と一息吐いて目の前の撮影風景を眺める。今はどうやらWの撮影中で、弾ける笑顔でアイスを頬張っている二人が見えた。撮影の雰囲気も悪くないし、上手い具合に進んでいるんだろう。流石うちのアイドル達!と誇らしく思った時、少し外れた場所で三人で会話するS.E.Mの三人が目に入る。いつもの三人らしく、仲睦まじく楽しそうに会話をしている。ふと、その瞬間昨日の彼の”宿題”と同時に仕事に気を取られてすっかり忘れていた私の悩み事を同時に思い出す。すぐさま大手検索サイトを立ち上げて、耳で覚えた慣れない英単語を打ち込む。エンターキーをぱちりと押せば、世の中とは便利なものだ。すぐに結果が出て来て、出てきた文字にクエスチョンマークを浮かべながら私は呟く。

「私はあなたをプロデューサー以上のものと考えています……?」

はてさて、わかりません。カチカチとマウスをクリックしながらスクロールして行けば、出てくるのは告白の言葉だとかなんだとかいうページばかりで少しばかり冷汗を掻きながら、ロマンチックな英語表現、というページへのリンクをクリックする。カラーマーカーを起動して、見逃さないようにスクロールして行けばすぐにそれはわかった。「I think of you as more than a friend. 私はあなたのことを友達以上に想っている」大凡、というか確実に、舞田さんはこの言葉を捩ったのだろう。つまり、舞田さんはプロデューサーという関係以上に、私を想っている…?

「いやいや……」

まさかねえ、とハハと笑いながら撮影風景にまた意識を移せば、今度はS.E.Mの撮影に移ったらしい、燦々と輝く太陽の下で三人が監督と会話していた。スタッフの人にぱたぱたと団扇で仰がれている姿を眺めていれば、ぱちり、と舞田さんと目が合ってしまった。ニコッ、いつもの様に満開の笑顔を向けられたのだけれど、今の私には平静を保てるようなものではなかった。

「なまえさん、顔赤いけど大丈夫?」
「だ、だだ大丈夫です!!!」

ふと目の前を横切ったスタッフさんにそう心配そうに問われた私は、慌てて両頬を自分の掌で覆って隠して曖昧に笑うことしか出来なかったのであった。







S.E.M、W共に順調に撮影は終了していった。結局、スタッフさん達にもお褒めの言葉を頂戴する程度には、撮影は素早く終了した。撮影が無事終了した旨を携帯でプロデューサーさんに連絡すれば「お疲れ様でした!明日無事何事も無いよう帰って来てくださいね!」なんてフラグのようなお言葉を頂戴した。そう、私は無事に、何事もなく帰ります。

「…そうだな。コテージで会話をするくらいならば許可しよう」

さあてさっさとコテージに帰って溜まってる仕事を消化しようそしたら暫く残業なしだ、なんてるんるんと帰ろうとしてた私の横で、S.E.MとWの五人がどうやら滅多に来ることの出来ない南の島だし明日には帰国してしまう、ということでパーティーを開催する算段を立てているらしい。元気で何よりお疲れ様です!と内心でFRAMEの皆さんに習った敬礼をしてさっさと立ち去ろうとした時、「Yeah、さっそくpartyの準備だ!行こう、ミスターたち、プロデューサーちゃん!」と舞田さんに腕を掴まれて抵抗する間もなく私はパーティが開催されるコテージに連行されることになっていた。

「ちょちょ、舞田さん!?」
「プロデューサーちゃんもjoin us!宿題の答え、聞かせてね」

舞田さんはふふん、と楽しそうに笑って私を振り返る。その表情はもう既に確信犯という感じだ。本能で私は確信した。そして、心の中で敬礼する。さよなら私の定時ライフ…。



結局、硲さんが舞田さんに無理強いは良くない、と或る程度書類を終えたら是非参加してくれ、という心遣いにより最初の三十分程は仕事をさせて頂くこととなった。正直な話、前倒しで仕事をしているだけなので、硲さんの罪悪感がとんでもないのだがそれなら仕方ないね、と寂しそうに言われた舞田さんに追い打ちを掛けられ、罪悪感で心臓がつぶれるかと思った。なので右腕を上げてニ十分、いや五分で大丈夫です…!と必死に形相で申告したのだが、その時山下さんは後ろでなまえちゃんってチョロいよね〜と蒼井兄弟と笑い合っていた。解せない。



コテージに備えられたソファに腰かけて、ノートパソコンのキーボードをカタカタと叩く。今度の私が担当する仕事は、LegendersとBeitの海外ロケでのウェディングCM撮影だ。ホテルの目星を付けて、先方からメールで届いた衣装も確認してメールの文章を打つ。そんな最中、すぐ隣にとん、と人が座ったことにより少しソファが沈み込んだ。ことん、と備え付けの木製テーブルに甘い香りを放つミルクティーが置かれた。私の一番好きな飲み物だ。

「お疲れ様、なまえちゃん」
「お、あ、有難う御座います」

You're welcome!と私に返して、舞田さんはもう片手に持っていた自分の分のマグカップに口を付けた。後方ではまだ蒼井兄弟の声が聞こえているので、きっと彼は少し抜けてきたのだろう。どくどく、と少しだけ心臓が早鐘を打つのを感じながら、震えそうになる指先に意識を込めてカタカタと変わらずタイピングを続ける。舞田さんがぐぐ、と動いたのがソファからの振動で伝わって、思わずそちらを見れば舞田さんは私のノートパソコンを横から覗き込んでいた。別に、疚しいことは無いので覗き込むことは良いのだが、私の肩の上に舞田さんが顔を乗せているのは一体、どういう事なんだろうか。

「ちょ、ちょ、舞田さん…!?」
「LegendersとBeitのweddingCM?」

ぐり、と私の肩に舞田さんの顎が食い込む。ぴく、と震える私が面白かったのか小さく笑っているのだがそのくすくすと笑う振動が肩から全身に伝わるのにびくびくとしてしまう。指先が震えながらもゆっくりと再びキーボードを叩くのを、舞田さんは止める様に私の指先をその手で包み込んだ。温かいミルクティーから温度をもらっているのか、彼の掌は心地良い温かさを伴っている。「え、ちょ、舞田さ、」私の慌てふためく声も何処吹く風、舞田さんは私の指先に、彼のそれを絡ませる
。どちらかと言うと可愛らしい、そういう印象を抱く舞田さんはやっぱり男の人で、私の指に絡むそれは骨ばっていて、どきんと胸が高鳴った。

「去年の俺のtheme park wedding、なまえちゃん、見てくれた?」

もう私の視線はパソコンなんて見ていられなかった。アイドルとプロデューサー、そういう関係の二人には許されない程近くの距離にいる彼に、私は釘付けにされている。ゆっくりと絡ませた指先を自分に引き寄せて、舞田さんはそこに唇を落とした。

「あの時ね、意識してる人がいたんだ」

舞田さんはゆるりと瞳を柔らかく細めた。その表情は、今まで見たことの無い、背筋に何かが走るような、蠱惑的な笑みだった。ソファの上で繰り広げられるこの展開に、私の思考は追いつかない。ぐぐ、と舞田さんが私の身体に体重を掛けて来て、それに耐えられずに私はソファの上に倒れてしまう。見上げる舞田さんの琥珀は部屋のライトを受けて輝いていた。その瞬間、私は堊恥ずかしながらもプロデューサーであるという心を何処かに落としてしまったのだろう、ただの女になっていた。寧ろ、全力の、本気の舞田さんにプロデューサーであるという矜持を奪われてしまったのかもしれない。そんな私の頭に、メインプロデューサーである彼に言われた言葉が頭を過ぎる。

「…『この時を待ってたよ、sweetheart』……ね、宿題の答え、教えて?」

彼の言葉は何もかもお見通しだったのだろか。今の私には、電話口で言われたプロデューサーさんの言葉通りにはならないことしかわからなかった。


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