異様に優しい日、というのが私の幼馴染み、地味村…もとい、澤村大地にはある。どうやら、それは今日のようだ。宮城という寒い地ということもあり寒がりな私は冬は外に出ない。怠惰な性格もそれに加わって、休日は必然的にニートみたいに家に篭りっきりになる。しかも今年は受験。一般受験を狙っている私は塾には通ってないのでもう家に缶詰だ。そんな私に対して、大地は推薦でスパーンッと進学を決めた。ううむ、これが授業を真面目に受けていた人間と落書きと睡眠に勤しんでいた人間との差なのか…。あーなんかそんなの考えたくなかったうわー一個250円する角煮まん食べたいなー……おっと、話を戻そう。受験勉強も佳境に入った今日、幼馴染みの澤村大地がにっこりにこにこ笑いながら我が家にやって来たのだ。天気が異様に暗いし悪いのはこの予兆だったのか。

「捗ってるか?」

「ん、まあまあね…」

はっきり言おう。鳥肌が半端なかった。私の知る“澤村大地”は兎に角口から暴言。私に会ったときの第一声は「また太ったのかヲタク女」と類似したものであるべきなのだ。時折現れる“優しい”澤村大地は寧ろ私にとっては別人でしかない。

「ん?どうした?」

「イッイエナンデモ!」

片言だぞ、と朗らかに笑う大地に対して私は苦笑いである。一体どうしてこうなった。大地はどっこいしょ、とじじくさく私の目の前の椅子に座った。いつもの私なら「おいじじい」とか言ってやるのだが、ぴくりとすら唇が動かなかった。私にとって“優しい”大地は触らぬ神に祟り無し、用法はすこし違うがそんなものなのだ。

「なあ、なまえ」

「は、はい」

「これ、好きだろ?」

そう笑いながら私に大地が見せてきたのは先日発売された私がシリーズを通して大好きなアールピージーであった。受験生だからと我慢しながらも某呟くところでひたすらにやりたいと呟いていたのだ。そんなものが、目の前に。「好き!」だから私が大地の手をガシッと掴んで半ば叫ぶように言ったのは私のせいじゃない。

―――

私の受験の為に澤村家に据え置きゲームを預かって貰っていたので、必然的に澤村家に行くこととなった。一日くらいメイビー大丈夫、と唱えていた私は多分周りから見たら奇人であっただろう。

「あれ、なまえさん…!?」

「…大地、家間違えた?」

見慣れた澤村家の床に座り込んで、ぽかん、と口を開けた孝支くんがコントローラーをかちゃかちゃと弄っていた。大地は私の言葉を鼻で笑うと、テレビ画面を指差した。

「ほら、これだろ」

は、と呆然にも似た呟きを吐いてその示した方を見てみれば、そこにはいかにもラスボスの風貌をした男が横たわって今にも消えようとしているところであった。

「…てんめえ地味村エンディングじゃんかバカ!」

「別にやらせるなんて一言も言ってないぞ」

はっはっは、と朗らかに笑うのが憎たらしい。くそうっ!とどうにか今の私にとってはネタバレでしたかない言葉を紡ぎだす主人公達から目を逸らしながら耳を塞ぐ。こういう時にフルボイスが仇になるとはこれっぽっちも考えていなかった。チクショウ地味村め、優しい日と見せ掛けて仕掛けてくるとは長年の付き合いなのに初パターンで度肝を抜かれたじゃないか。

「まあこれは口実だからいいとして、ほらなまえ」

かちっ、と大地はゲーム本体のリセットボタンを押して、私にコントローラーを投げてくる。はあ?と首を傾げる私に孝支くんも同様に不思議そうに首を傾げた。そんな私達の視線に何も答えず、大地はテレビの横のゲーム本体に近寄ると、かちりとその電源ボタンを押した。そう、あろうことかこいつはラスボスという大きな壁を乗り越え遂に平和な世界が訪れると沸く主人公のパーティーに無慈悲にもリセットと言うラスボスよりも強大な敵を今まで困難に抗い戦ってきた主人公達に無慈悲にも…あ、いや兎に角リセットをした。

「やべえ大地くん何考えてるのかわかんない孝支くんわかる?」

「いや、俺にもさっぱり…」

「じゃ、俺ちょっと出掛けてくるから」

「……オーウヒーイズベリークレイジー」

何時もだったら突っ掛かってくる筈なのに、大地は戸惑う私達をそのままに足早に去っていった。可笑しい。此処は大地の家の筈だ。何故他人の私と孝支くんがテレビの前で陣取っているのだろうか。私と孝支くんが沈黙する中、テレビからはリセットされたゲームの軽やかなオープニング曲が流れていた。

「…よし、やろう孝支くん」

「えっ」

何故かわたわたと焦る孝支くんを尻目に、私はコントローラーを掴んだ。久々のコントローラーにまさか泣きそうになったとかそんな事実はない。それ以降私の瞳にはゲームのオープニング映像のみが映り、隣の孝支くんをすっかり忘れてゲームにのめり込んだ。

―――

「……ハッ!?い、今何時!?」

「大地が出掛けてから一時間くらい、かな」

ぱちん、と熱が弾けたように意識が浮上した。寝てた訳じゃなくて、ゲームの世界から、だ。慌てて横にいた孝支くんを見たら、彼は一時間も無言でただゲームをしている奴を見ていたとは思えない程の朗らかな笑みで答えてくれた。

「え、ご、ごめんね、そんな長い時間…!」

「あ、謝らないで。俺も楽しかったし」

孝支くんが何を言いたいのか分からず、へ?と間の抜けた声を出してしまった瞬間、バチン、と嫌な音が部屋中に響き渡る。するとぶちりとテレビが消え、外が暗いために点けていた電気も消える。真っ暗に近い視界に「ギャアア?!」と乙女らしさの欠片もない声をあげてしまった。

「なまえさん、お、落ち着いて!」

傍で孝支くんの焦った声が聞こえるのだが、多分彼は勘違いをしている。私は停電に驚いた訳ではなく、今まで一時間セーブもせずぶっ続けでやっていたゲームが消えてしまったことに悲鳴をあげたのだ。女子力とか聞こえない。

「うわまじ、まじかあああ……」

ゆらりとした足取りで立ち上がり、手探りでテレビの方へと向かう。が、やはり視界が真っ暗というのはそんな普段なら簡単に出来ることを思い通りにやることが出来ない。何かを踏んづけた私はその痛みで少し飛び上がり「いった!」と叫んだ。すると「大丈夫!?」と孝支くんが声を出すのだが、飛び上がったせいで縺れた足のせいで身体がゆっくりと傾いて、床にぶち当たる衝撃を覚悟して暗闇の中目を瞑った。かと思えば、その衝撃は堅くも柔らかな何かにどすりとのし掛かった事で全く身体にはやってこなかった。

ぱちり、そんな音と共に再び光がやってきた。一先ず良かった、とふうと息を吐いて今まで閉じていた目を開いたら、眼前に真っ赤にして目を見開いている孝支くんの顔があったのでした。つまり私が孝支くんの上に覆い被さっていて、しかも鼻先と鼻先が触れ合いそうな程の距離にいるということだ。ようしこれを言わせてくれ、これ何て少女漫画?さあ言ってやろう!そう意気込んで口を開こうとした瞬間、どさっ、と何かが落ちる音がした。そして私はその音がした方を見て身体を強張らせた。

「…、なまえ…」

何故なら呆然と目を見開いた大地がそこに立っているからでした。大地の足元に転がった、音の元凶はどうやらこの家から歩いて15分ちょっとくらいのコンビニの袋の中の物のせいのようだ。ちらりと見た限りだと白い柔肌を惜し気もなく晒していたので、あれは多分中華まんの類いだ。きっと私の食べたがっていた角煮まんもそこには入っているのであろう。何故なら今日は、大地の優しい日ですから。嗚呼さようなら角煮まん、そう心中で呟いた。





予想外、と言う言葉しか浮かばなかった。目の前で何故か大地はうんうんと笑顔を浮かべて孝支くんの手を握ってぶんぶんと振っていたのだ。この時の私はこれが大地が孝支くんの為に仕組んだことで、わざわざ私の好きなアールピージーを買ったり、色々見て回ってコンビニに無駄に一時間費やしたりしたらしいことをまだ知らない。知っていたら多分即座に暇人か、と突っ掛かっていたと思う。大地が買ってきた私用の角煮まんと二人の分の肉まんはきっちり電子レンジで暖めて食べました。角煮まん最高。




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