「時に地味村よ、親と共にテレビを見ているときにえっちいシーンが流れると気まずいよね」
「くだらない質問には答えないぞ」
「なんだと地味村この野郎!」
ナイッサー!という掛け声や、サーブ練習をする中で、罵声を交えて会話をし合うキャプテンと制服の女に烏野男子バレーボール部の奇異なものを見る視線が集まっていた。その視線の中には一つだけ、羨望の眼差しが混じっているのだが当の本人達は何のその、というより、どの視線にも気付かずに会話を続けていた。
そんな中、あれキャプテンの彼女かな?と妙にソワソワする日向をいいから集中しろボゲェ!と影山がいつものように一喝したのを、それを見ていた月島と山口が笑う。日向はむっ、と眉根を寄せ反論しようと口を開くが、東峰に次だぞ、と声を掛けられ慌ててボールを上に投げ、右手で打つが、打ち所をミスしてしまい「あ」とぽつりと呟く。ぎゅん、と目指していた場所から大いに軌道がずれ、話し込む二人にボールが向かって行き日向は思わずウワアアア!と奇声を上げた。
「っ!危ない!」
視界の端にボールを捉えた澤村が、なまえをどん、と押しやってボールをばしんと両手で受け止め、ふう、と一息吐いた。押しやられたなまえは目を丸くし驚いていたが、照れ臭そうに髪を触る。
「えっ、あ、ありがとう…」
「なまえには当たっても良いけど俺に当たったら危ないだろー!気を付けろよー!」
「クソ地味村許さない」
日向へとボールを投げ返しながら澤村が放った言葉になまえは表情を一気に引き締め、澤村をじとりと睨み付けた。澤村がそれを受け流すかのようになまえに向けて爽やかな笑顔を向ければ、彼女は盛大に顔を歪めた。
その様子を終始見ていた菅原は、自分が誘ったのにこれでは意味がない寧ろ余計なことをした、と自らの行動を悔いた。切欠は彼女にバレーをしている姿を見て貰おうという不純な動機だったのだが、こんな結果になるならば呼ばなかったのに、と笑顔の裏で泣きたくなっていた。
「…スガ…」
「…やめてくれ、そんな目で見ないでくれ旭…」
まるで可哀想なものでも見るかのように眉を八の字にして見てくる東峰に対して、菅原ははあ、と溜め息を吐いた。
日が落ち、辺りも暗くなる。なまえは擦れ違う度に同性とは思えないほど美人だなあと見惚れていた潔子が自らの横にいて、しかも会話をしたという事実に明日友人に自慢しようと内心ドキドキが止まらなかった。幼馴染みでキャプテンの澤村から片付けの合図が出ると共に、先程まで日向とのアタック練習をしていた菅原へと近付いた。
「孝支くん!」
「あ、なまえさん、ど、どうだった、かな…?」
眉尻を下げてなまえの顔色を窺うような表情をする菅原と打って変わって、なまえは清々しい笑顔を浮かべていた。隣にいた日向はこ、これがカップルなのか…!と頬を紅く染めながら二人の動向をじっと見ていた。
「とってもかっこよかったよ!見せてくれて、ありがとう!」
ぱっと明るい笑顔をなまえが菅原に向けた途端、ボンッという音と共に菅原の頬から耳までが紅く染まった。なまえと日向がその様子に「孝支くん熱!?大丈夫!?」「すっスガさんがあああ!!」と慌ただしく騒ぎ出す。そんな三人の後ろにすっと現れた澤村が、なまえの肩にぽん、と手を置いた。
「なまえ、帰るの待ってろよ」
なまえはその言葉に勢い良く振り返り、目を丸くした。普段から家が近いこともあるし共に帰ることは普通であるが、まさか背後から寄ってきたというのに何もされなかったから、という少し普通とは外れた理由からだ。
「えっ今帰らないとアニメが…!ってか孝支くんの心配しろよ」
「いいから待ってろ。スガなら大丈夫だ。」
「…地味村のくせに」
「何だ?」
「エッ、ダ、ダイチクントカエレルナンテシアワセダナァ〜」
「キモい」
一貫して何かを含んだ笑顔のままの澤村ところころと表情を変えるなまえに、菅原は自分の気分が降下していくのがわかった。澤村はそんな菅原に気付くが、小さく笑って離れていった。菅原はそれに悔しさが募るが、どうしようもなかったので、持ったままであるボールを籠に入れようと、周りを見渡した。思いの外近くにあったそれに、よいしょ、と片手で投げようとした瞬間、何かをうーむと考えていたなまえがふと顔を上げた。
「孝支くんも一緒に帰ろ!」
どんっ、菅原の手から放たれたボールは籠を越え、その側にいた東峰の顔面スレスレを横切って体育館の所々色の剥げた壁とぶつかった。東峰は顔を蒼くしながら、菅原を見る。が、菅原はさながらロボットのようなぎこちない動きでなまえに振り返り、「も、勿論!」と大きく返事をした。
今はまだ大地の方がなまえさんとの距離は近いけれど、いつかは俺が!そう意気込んで、菅原は罵しり合う二人の間に割り込んだ。