隣の席にはいつも寝ている竹谷くんという少年がいる。ぐがーぐがーといつも鼾がとてもうるさいのだが、言える筈もなく、いつも私は左耳をシャットダウンすることで授業に集中するのだが…やってしまった。どうにか関わらないようにと細心の注意を払って文房具を机の上に並べていたのだが、今日は英語がわからなすぎて悩んでいたら、ずるりと腕が滑り、まさかの肘鉄砲で消しゴムを弾き飛ばしてしまったのである。そしてまさかのまさか。その消しゴムは今日も元気に居眠りをしている竹谷くんの足元に見事に滑って行ってしまったのである。
「(しっ、しまった)」
これはもう授業が終わるまで待つしかないのだろうか…?じぃっと竹谷くんのこう言っては悪いが汚い字で落書きされた踵を履き潰した上履きが消しゴムの付近でゆらりと揺れるのを見ながら踏むな!踏むな!と念じておく。ついでに竹谷くんが起きませんように、と祈る。起きられたら気まずいとかいうレベルじゃなくなる、確実に。とか思っていたらモゾモゾと竹谷くんが少し動いた。おお神よ、こんなときに限ってなぜですね、竹谷くんが起きてしまいました。くああ、と口許に手を当てて、まさかの伸びをし始めた。まずい、まずい。竹谷くんの上履きを履いた足が持ち上がり、そのまま、ぐにぃっ、と消しゴムを踏んだ。
「…ん?」
「(うわあああ踏まれたあああ男子トイレに行っているであろう上履きが、私の、消しゴムに…!)」
がっつり踏まれたそれに、頭を抱えていると、竹谷くんはその足の違和感に気付いたのかゆっくりと机の下に潜り、消しゴムを持ち上げた。ん?と不思議そうな表情をする竹谷くんに私のじゃないからな…!という念を送る。頼む気付け…!
「ん、はい」
…?
何故か竹谷くんが私に向けてとびきりの笑顔で例の消しゴムを差し出してきた。訝しげに竹谷くんをじっと見ると、竹谷くんは戸惑ったようにするりと視線を外し「これ、お前のだろ?」と私とは決して視線を合わせずに言ってきた。…ん?竹谷くんは授業中常に寝ているから、私の消しゴムだなんて知らない筈…?あれ?不思議に思い自然と竹谷くんをじいっと見詰めてしまう。竹谷くんはそんな私の視線に気付くと、一瞬だけ視線を絡めたかと思えば、すぐにまた逸らして、今度は私の机の上にばんっと消しゴムを半ば叩き付けるように置いて、再び寝始めた。その一瞬の間に見えた、竹谷くんの頬が紅潮していた気がしたが、その時の私は竹谷くんに踏まれた消しゴムをどうしようかと頭を悩ませていて、突っ伏しながらも私を横目で見ていた竹谷くんに気付かなかった。