見下ろした先は、噎せ返る程の淫猥さを孕んでいた。幼く見える細い肢体の合間の、身体に見合った小さな蜜壷に、ぎっちりとこれ以上の隙間は無いほどに一見グロテスクとも言える赤黒い男根が銜え込まれていた。貫かれる衝撃で弾けた愛液は蜜壷を中心として白い肌の上に撒かれていて、重量に逆らわず落ちた愛液はぽたぽたとフローリングの床に水溜まりを作り出していた。ゆっくりと男根を蜜壷へ挿し込んで行けば、うねる膣壁が更に奥へと誘うように締め付ける。蜜壷から少し視線を上げれば、未だ触れられず、触れられるその時を今か今かと待ち望んでいるかのように紅く色付く肉芽が震えているのを、男はくすりと笑った。
「は、ぁ、んんっ」
ごづん、と最奥に達したことにより衝突音が鳴れば、男を誘う声がふっくらとした桃色の唇から溢れ落ちる。男に組み敷かれ、蜜壷への侵入を許している女――なまえは熱い吐息を漏らす。
「なまえ、気持ちい?」
汗でなまえの額に貼り付いた前髪を指先で払い除け、ちゅう、と男は唇を落とし、キスをする。そのまま耳を食みながら、艶やかなテノールの声で囁く。なまえの口から明確な返答は出なかったが、上がる矯声に男はれろりと自分の唇を舐めた。男の少しだけ下がった眉尻に、なまえは違和感を覚えた。
なまえは男――メローネが手ずから拓き、メローネにその身の全てを捧げた女であった。出会いは数年前。イタリアのネアポリス大学へと語学留学をしていたなまえが街を歩いていたところを見掛けたメローネが彼女に目を付け、所謂“ナンパ”をしたのである。生まれてこの方、そんなものをされたことのないなまえはメローネの巧みな話術によってあっという間に共にテラスでジェラートを頬張っていた。メローネがこれまた自らの手腕でなまえの情報を引き出せば、どうやら今まで女子校に通っていたために彼氏も居たことはないとのことであった。これはベネ、とメローネはすぐに彼女とメールアドレスを交換した。奇しくも、メローネはなまえに一目惚れしたのであった。
そこからは早いもので、メローネの手練れでなまえはすぐに交際を始めることとなる。何せ、奇妙なアイマスクを装着しているとはいえメローネはイタリアーノの中でも随分と顔の整っている方だ。イタリアに来てから擦れ違うどの男もカッコイイと思っていたなまえからすれば、少女漫画の主人公になったかの様にとびきり甘い囁きをくれ、メロドラマの主人公になったかの様に夜景の美しいレストランに連れていかれたりされていたのだ。いつか惚れてしまうのは当然とさえ言えた。
今まで全く男性経験がないなまえに、メローネはゆっくりと関係を深めていった。キスをしたのは付き合った一ヶ月後であったし――イルーゾォ曰く、付き合ったその日が普通であったそうだ――恥ずかしがるなまえの表情をうっとりと眺めながらディープキスをしたのは初めてキスした三ヶ月後であった――ホルマジオ曰く、これも付き合ったその日が普通であった――という。メローネにしては考えられない程に健全なお付き合いをしていたことに、彼等のチームリーダーであり常に無表情を保っている赤い瞳の印象的なリゾットは珍しく目を剥いて驚いた。その様子を見ていたプロシュートやギアッチョは良いもん見れた、とメローネの肩をよくやったと叩いたそうだ。
初めて交わったのは、付き合ってから一年程経ったなまえの誕生日であった。未知の行為に怯えるなまえに言い様のない興奮を覚えながらもゆっくりと時間を掛けてメローネは彼女の身体に割り入った。感想は、なまえは「痛い、もうやだ」であったがメローネは「なまえの痛がる顔がディ・モールト良すぎて勃起した」と、なんとまあ温度差を感じるものであった。
そんな二人も時が経ち、週に何度かの頻度で身体を重ねることとなる。変わらずメローネは甘い囁きをなまえにしていたし、なまえもメローネへと拙いながらも愛を伝えていた。そして、冒頭へ至る。
「っはぁ、メロー、ネ、ん」
「何、なまえ?」
返事をしながらメローネはぐり、と子宮口に尖端を押し付ける。それだけでなまえの白い腹はびくびくと震え、同時にキツく締め付ける膣壁はメローネから白濁を搾り取ろうとするかのように奥に誘い込む動きを見せた。初めての時と変わらず照れを見せると言うのに、身体は厭らしくなったなまえにメローネはぞくぞくと背中を走る快感に思わず腰が震える程、言い様の無い興奮を覚えた。
「っん、な、んで?」
なまえが疑問にしたのは当然のことであった。今、彼女を貫いている男根はコンドームを装着していない、所謂ナマ状態だ。なまえは普段よりぬるついて過敏に反応してしまう自身が恥ずかしくて仕方なかった。そして何より、突然のことに驚いていた。彼女に嫌悪感はない。彼女にあるのはメローネへの深い愛だけだ。メローネを理解したい、メローネのことを知りたい、彼女は常にそう思っている。だからこそ、普段と様子の違うメローネを気にしてしまうのだった。
「……なまえ」
メローネは、不安げに瞳を揺らすなまえの唇に人差し指を宛てると、律動を再開させた。下半身から与えられる熱をどうにか逃がそうと喘ぐなまえは、それでもメローネを見詰めていた。メローネはそんななまえに笑い掛けると、なまえの胸の間で揺れているチェーンに通されてネックレスとなっているシルバーリングに触れた。それは、メローネがなまえの誕生日にプレゼントとして贈った物であった。それに、メローネは触れたかと思えば表情を陰らせる。かと思えば、すぐにぱっと人当たりの良い笑顔を浮かべ、なまえに再び快感を拾わせ始める。敏感ななまえからはすぐに厭らしい声が上がり、やがてメローネとなまえは甘く果てを迎えた。どぷどぷとメローネから最奥に注がれる白濁になまえが腰を震わせていれば、メローネは「おやすみなまえ」と耳元で囁いた。
なまえが目を覚ますと、そこには誰もいなかった。普段ならば必ず自分が目覚めるまで傍にいてくれたメローネがいない上に、部屋の中に妙な違和感を覚えたなまえは冷や汗を掻き始める。昨晩の疲労からふらふらとした足取りで確認し始めれば、なまえは漸く違和感の元に気付いた。メローネの物が、部屋からは一切消え去っていたのだ。それはまるでメローネという存在が幻であったかのような鮮やかさであった。嗚呼、だから昨日はあんなだったのか。なまえは、泣くこともせず、ぺたりと床に座り込んだ。
三ヶ月後、なまえは綺麗な景色の絵を描くために電車に乗ろうと駅に向かった。人通りの激しい駅では、誰もが口々に「お気の毒に」「可哀想に」「どうしたのか」と囁いていた。目当ての電車が止まってしまっていることもあり、なまえは人だかりの方へと足を進めた。人の間を縫って中心へ。向かう足は止まることを知らないようであるとなまえは思った。何より、此処へ行かねばならないと彼女は直感していた。履き慣れないブーツのヒールを打ち鳴らし、漸く周りを囲う警察が見えた時、なまえは確信した。
「……メローネ」
ブルーシートをかけられたせいで、顔はわからない。だがブルーシートから横に飛び出した左手の手袋の上から、薬指に填められたシルバーリング。手の大きさが違うから第二関節までしか入らないね、そう笑ったあの日と同じ様に、第二関節のところにリングは鎮座していた。嗚呼、メローネ。なまえの胸中に、悲しみは訪れない。ただ一つ残された、宝物をなまえはこれから一生大事にしようと、少し離れた位置で眠ってしまったメローネに自らの腹を撫でながら、誓った。