どの学校にも有名人とやらはいるもので、中学で涙ながらに県外へ進学するからと別れた友人が行った学校には玉虫色の髪の長〜い人がいるらしい。友人とは最近会っていないし、メールでのやりとりしかしていないが、私が思うにどうやら友人はその奇抜な髪の毛の人を好いているように思う。全くもって私の憶測に過ぎないのだが、幼稚園からの幼馴染である彼女のことが私にわからないはずがないのだ。彼女はそう、恋している、筈だ。…と、まあ彼女の話は置いておいて、私が言いたいのはどの学校にも有名人とやらは存在するということだ。私の進学した此処、箱根学園にはまず部単位で有名な人達がいる。というのも、全国大会常連の自電車競技部、である。中でも東堂尽八という所謂イケメンな彼が特に有名なのである。ファンクラブとやらも存在していて、どうやら女の子を大切にする性分らしく、人気が半端じゃあない様だ。…一方、私ははっきり言って成績は中の中、顔はどこにでもいそうな地味な顔…所謂モブ顔。そんな平々凡々普通が大好きな私であるのだが、この度かの有名な東堂尽八くんと隣の席になってしまったのだ。うわっ、最悪、と思わず呟いたのも仕方ない、基本的に静かなのが好きな私には東堂尽八くんの周りは少々うるさすぎてストレスにもなり得るのだ。一回彼の斜め後ろの席になった時には周りの席の椅子が彼と会話をする女の子に陣取られていたのだ。隣の席だったら尚更、陣取り合戦が繰り広げられるに違いない。

「って訳で荒北くんのところに来た訳ですよ〜」
「なんで俺なんだヨ」
「女三人集まれば姦しいって言うけど本当だよね!!!うるさいよあれほんとすごい!!!」
「今はなまえチャンがうるさいけどなァ」
「うわぁこりゃ一本取られたーなんつってアハハ」
「真顔で笑うなヨ…」

はあ、と呆れたように溜息を吐きながら焼きそばパンを頬張るこの目付きの悪いヤンキーみたいな男は荒北くんという。彼は昔は本当にヤンキーで、リーゼントなるものを頭に乗せていたのだがなんか知らないうちに更生したらしい。というのも、私が荒北くんと出会ったのは彼が不良真っ盛りの時であったのだ。不良であり、リーゼントを乗せていた彼は周りから何処か浮いていて、勿論私も遠巻きにしか彼を眺めることはなかった。だが、偶然、本当に偶然私が人生で一番機嫌が悪い日と、彼が私に缶コーヒーをぶち撒ける日が同じであったのだ。私は朝から色々あって完全にブチ切れてしまい、相手が普段ビクビクと相手をしていた不良だなんてことも忘れて声を荒げ泣き喚きクリーニング代を寄越せともはやヤクザみたいな勢いでいたのだ。だというのに彼は、自分の非だと(渋々)認めて謝罪の言葉を口にし、更には私が口から出任せで多めに見繕ったクリーニング代を更に上乗せして返してくれた(勿論後日余剰分はしっかりお返しした)のだ。この人はなんて良い人なんだ、と私は感激し、それ以来何度か話すようになり、そして今に至る。リーゼントを無くし、自転車部に入ると言われた時は続くんだろうかと少し心配であったのだが、今ではチームにしっかり溶け込んでいるらしい。流石は実はとっても優しい荒北くんである。

「もう本当席替えしたいよ荒北く〜ん」
「………」
「私を無視して携帯触らないでよ荒北く〜ん」
「…なまえチャァン?」
「そっその顔は何か企んでいるな貴様」

ニタァッと寒気がするようなおぞましい笑みを浮かべた荒北くんは、今まで頬張っていた焼きそばパンを包装紙に包み直して、購買のビニール袋にぽいっとそれを放り込んだ。えっ、と私が驚いた声を上げると、荒北くんはぐいっ、と私の二の腕(ぷにぷになのがバレるからそこはやめて欲しかった)を掴むと何故か教室を飛び出した。片手には荒北くんの食べかけのパンと私のお弁当の入った巾着を持っているあたり嫌な予感しかしない。

「ちょっ、ちょちょ、荒北くん!?」
「いーから黙って着いて来いヨなまえチャン」

私に有無を言わさずスタスタとその無駄に長い足を駆使して荒北くんは何故か階段を登る。否応無く私もそれに着いていくことになってしまうし、仕方なくそれに従いながら行けば、どうやら荒北くんは屋上に向かっているらしい。普段と変わらない語り口の荒北くんに不安になるものの、何も言えない私は結局屋上に続く扉の前にあっという間に辿り着いてしまった。ごくり、固唾を呑んだ私の横で荒北くんはあっさりと「行くぞォ」と告げるとその扉を押し開けた。

「なまえチャン連れて来てやったぞォ」
「オー…オールスター…」

開けた扉の先、そこには箱根学園自転車競技部の三年生(超有名人たち)が勢揃いでした。帰りたい。ただでさえ一人…東堂君だけでも面倒だというのに、オールスター…。

「お、お、おいどうしてみょうじさんが…!?」
「ん?何だ尽八、おめさん顔真っ赤だぞ」
「熱か…?」

にやにやと半笑いの新開くんに対して福富くんは至って真面目そうな表情であった。当の東堂尽八くんは確かに顔を真っ赤にしていた。

「あー、と、東堂くん大丈夫?」
「っ!い、いやなんてことないぞ!何せ俺は切れる上にトークも登れる!」
「あっ知ってる!天は二物を与えた!だっけ?」
「二物じゃなくて三物ナ」
「その前にトークも登れるに突っ込むべきじゃないか?」

手にしていたパンを袋の中に投げ込んで、すっと立ち上がった東堂尽八くんは隣の席で何度も言っているせいで少し覚えてしまった口上を高らかに言い始めた。それに反応してしまってつい口を挟んでしまったのだが、どうやら私もうろ覚えであったせいか間違えていたらしい。とはいえ、東堂尽八くんが言い慣れているであろう口上を間違えるとは珍しいこともあるのだなあと少し感心してしまった。東堂尽八くんは恥ずかしく思ったのか、顔を真っ赤にすると「うっうるさいぞお前達!!!」と叫びながらどっかりと床に座り込んだ。そうなると、その場に立っているのは私だけで今なら逃げられるんじゃないかなあ、なんて思ったのだが、福富くんの「座らないのか?」という至極当然そうな表情での問いに圧倒されて仕方なくその場に座った。

「ンオッ!?」
「えっ!?!」
「うわ汚ねェ!」

私がちょうど空いていた荒北くんと東堂くんの間に腰を下ろすと、東堂尽八くんが食べていたパンをぶっと吹き出してゴホゴホと咳き込み始めた。荒北くんはその様子を元々細い目を更に細めていやっそ〜に見ていた。ああ、なるほど…そういうことか。

「えーと、か、帰るね」
「!?な、ならん、ならんよそれは…!」
「え、でも…東堂くん、私のこと嫌いっぽいし…」

え、と小さく目を見開いた東堂尽八くんに、私は曖昧に笑顔を返して地面を蹴って走った。大方、私の隣の席になってしまった東堂尽八くんのことを危惧した荒北くんが慣れさせようと組んだ席だったのだろう。…優しい人だな、荒北くんってば。教室へ向かう階段を下ろうとしたその時、私の携帯がぶるぶると震え始めた。


―――


なまえが立ち去ったその後、東堂はなまえを止めようと伸ばしたもののなんの役にも立たなかった手をゆっくりと下ろした。

「自業自得だナ」
「靖友、少しは気遣えよ…尽八、パワーバー食うか?」
「それも違うと思うが…」
「っ決めたぞ、フク、新開、荒北!俺は必ずこの誤解を解き、彼女に告白しよう!ワッハッハ!」
「結局出来ないで卒業にパワーバーバナナとチョコ」
「ヒュウ、俺もそっちに賭けようと思ってた」
「…東堂はやる時はやる。賭け事は好きではないが…俺が告白出来る方に賭けよう」
「流石だな寿一」
「ムッ?どうかしたか?」
「アー、いや、なんでもねえヨ」




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