子供の頃、女の子なら誰もが一度は憧れる職業というものがある。成長するにつれて、その憧れはそれぞれによって違う対象に移って行く。パティシエだったり、キャビンアテンダントだったり、様々だ。だが、私は成長しても何一つ心が揺らぎはしなかった。いつか必ず花屋を経営するんだ、と意気込んで、町でたったひとつの小さな花屋でアルバイトを始めた。大好きな色とりどりの花々に囲まれて、必ず夢を叶えようと私は決意したのだ。

店長は優しいおばあちゃんだった。花屋になりたいのなら、と様々なノウハウを私にケーキをお供にして教えてくれた。アルバイトをしているのは私だけだったので、贅沢だなあなんて染々と思った。しかし、それはそれで大変でもあった。店長はかなりのご高齢だから、私は週五日のペースでアルバイトに入っていた。もはや学生なのか花屋なのかわからないなあ、なんて。

そんな大変な生活を繰り返してはいたけれど充実していたその日々のある日、私は美人な人に出会った。出会った、というのもおかしいかもしれない。多分、バイト中に見た、というのが一番正しい。緑色の、至るところに丸い穴が開いたスーツ。露出狂ともとれるその格好が似合っているのはきっとその人が美しい人だからであろう。艶やかな銀髪はさらりと風に弄ばれていたが、その人は気にする様子も見せずにいたのだ。美人は違うなあ、そう思いながらも先程から鼻の頭を赤くして、きょろきょろと興味深げに店内を見回す小さなレディに今しがた飾り終えた花束を渡した。小さなレディは満開の笑みで「ありがとうおねえちゃん!」と告げると可愛らしい黄色の靴でコンクリートの石畳の上を駆け出していった。あんな笑顔が見れるのだから、花屋という仕事はなんて幸せなんだろうかと胸を踊らせているとき、唐突にかつりかつりと靴音を鳴らして、その人はやって来たのだ。

「あの…」
「え、あ、はい…何でしょうか?」

きょとん、と呆気にとられる私を恥ずかしそうに頬を掻きながら見て、その人は笑った。その顔は真っ赤で、思わず私は熱でもあるのだろうかと危惧したのだった。

「ぼくにも、彼女と同じ花束を」

―――

そのお兄さんは物珍しそうにまるで先程の小さなレディの様に店内をきょろきょろと見回していた。その様子を横目で伺いながら先程と同じく、店長が丹精込めて育てた花々をラッピングで損なわないようにと細心の注意を払いながら花束を作り上げていく。店の中には最近流行りのミュージシャンの音楽が掛かっている。それをBGMにしながら丁寧にかさりかさりと小さく音を鳴らしながら、小さな小さな、いつもの物よりも総額は低いけれど心の籠ったそれを、作り上げる。手で持つところをぎゅうっ、とピンクのリボンで縛りつけたら、出来上がり。小さなレディにあげたそれよりも美しく出来た様に見えるそれによかった、と無意識ではぁと安堵の息を吐いた。

「どうぞ!」
「っあ、有難う…」

いつの間にか私の傍で作業を見ていたらしいその人は、唐突に私が顔を上げたことにびくっ、と一瞬驚くものの、差し出したそれを受け取るとにっこりと爽やかに笑った。どこか寂しげにも見えたそれを、どうしようかと少し迷ったのだがそれを振り切って私はその人に笑顔を返した。

「彼女さんとかに、ですか?」
「え、い、いや、そんな…!」
「あは、じゃあこれからですか、頑張ってくださいね!」

慌てる様子がなんだかおかしくて、くすりと笑えば、その人は気に障ってしまったのだろうか、眉根を少し寄せて困ったように笑った。

「違います、これは…」

その人は小さくそう呟くと、俯いてしまった。その手にある私の作った花束はくしゃりと小さく悲鳴をあげていた。一体どうしたのだろうか、そう思い「あのう…」と小さく声を掛けてみたら、唐突にその人はガバッと顔を上げた。

「…っこ、これ!差し上げます!」

そう叫ぶように言った後に、咄嗟のことに戸惑う私を他所に、その人は花束をカウンターにぽんと置くと、先程の小さなレディと同じように、石畳に靴音を響かせながら走って去っていった。唐突なことで反応しきれなかった私はしばらくの間ポカンと口を開けたままだったのだが、そこに店長がお帰りになられたことで漸く我に帰ることができた。

「お、おかえりなさい!」
「またあの子、来てたんだねえ」

店長は何気ない風に言った一言が、引っ掛かった。あの子、とは一体誰なのだろうか。不思議そうに首をかしげていると、そんな私を見た店長はにっこりと笑って「ほら、あの穴の開いたスーツを着てる子だよ」とさらりと告げた。

「…え?」

「あの子、よく貴女の作業を見てたのよ?おや気付いてなかった…?」

そういえば、さっき真っ赤な顔をして走っていっちゃったねえ

店長のその呟きは、状況を整理するのに精一杯な私の頭には入ってこなかった。




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