噛み付いたそれに意味があったかのかはわからない。けれど今の私はそれがしたかった。

「何だ、甘噛みか?」

ぎしぎしと軋む顎に叱咤激励しながら更に力を込めていけば、彼は緩やかに口端を上げていく。これ以上は私の顎が限界だ、そう思って口を離したものの、その白い肌には少しだけ歯形が付いただけだった。まったく憎たらしい筋肉だ、と涎にまみれてしまった逞しい腕をじっと見た。

「文字通り、まったく歯がたたないです」

私がぽつりと呟けば、彼はそりゃそうだ、とけらけらと笑う。まずサーヴァントに生身で傷をつけようと試みるのが無駄か。何だろうか、なんというか。多分彼に痕を残したかった。私がいた、痕を。

「何だお前、死ぬ気か?」

よく言うよ、私の運命なんて知っているくせに。私は孤児だ。十年前のあの日、家族を失った。言峰教会に引き取られた私は他の子達が地下に率いられて行くのをただ見ていただけであった。私だけは何故か地下に行かず、金ぴかに光る綺麗な顔をしたお兄さんに会わされた。「ほう、面白いものだな」ただその紅い瞳は爛々と輝きを灯しながら私を見下ろしていた。私には魔力があったそうだ。それも一介の人間には有り得ない筈の、特上の魔力が。それを見抜いた言峰神父は私とギルガメッシュにパスを繋げた。うーん、まあ今はこのランサーさんにもパスが繋がってるんだけど。とりあえずそれだけで私は他の奴等と違って本当に孤児の保護みたいな感じに扱われてる。本当に、ってのもおかしな話だけど。そういうことなのだ。

「始まるんでしょ、聖杯戦争。頑張ってくださいね」

おう、って笑うランサーさん。でも私は知っている。もうランサーさんには会えないのだ。私とランサーさんを仲良くさせて、彼を殺して。そうして悲しむ私を見たいのだ。だからきっと、必ず、ランサーさんには会えない。ねえ言峰神父、私はそれでも幸せだから、貴方の前でとびきりの笑顔で笑ってあげる。

「ランサーさん、私は此処で待ってますから」

好きなのは本当のこと、けど多分、それを上回るこの気持ちは――だから。意味の無いことを繰り返して、それを意味のあることにしよう。これが私の生き方で、対抗策。いつまでも笑顔でいよう。愉悦なんて、与えてたまるか。静かに透け始めたランサーさんの色白の頬を撫でてみれば、冷たくて指先が震えた気がした。でも笑顔の私は、貴方の瞳にどう映るのかしら。



「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -