「新郎新婦の入場です!」

一般人とは思えない流暢な喋りを存分に披露していた男が右手で持っていたマイクを左手で握り直した瞬間、パッと会場の照明が落ちて、オルゴールアレンジされた”ベリーベリー愛しい人”が流れ始めた。曲の歌いだしの部分が始まろうとした瞬間、式場への扉が開いて、本日のメインの二人が姿を現した。隣に寄り添い立ち、少し恥ずかしそうに瞳を合わせて、ゆっくりと歩くウェディングドレスと白いタキシードを着た新郎新婦。未来は希望に満ち溢れていて、愛する人とこれからの人生を歩むことがどれだけ素晴らしい事なのかと訴えかけてくる情景だった。……残念ながら、私はそれら全てにおいて真顔を決めさせていただいた。隣の新婦の友人席に座る、新婦も含めて長い付き合いの友人に「その顔やめなよ」と拍手する合間に呆れ顔で耳打ちされたりしたが、決して止めなかった、というよりも止めれなかった、の方が正しい。だってこれは、意識的にやっていた訳ではない。自然となってしまっていた。

そもそもの話、だ。披露宴だの結婚式だの、どうして出席しなければいけないんだろうか?こちとら20半ば、そろそろ周りの結婚ラッシュに心を常々痛ませられて、職場では数歳上の先輩とこの仕事は出会いがあっても恋愛する暇がない、なんて愚痴を交わすお年頃だ。他人の幸せが自分の幸せ、だなんて広い心を持っていた私は既に死んだのだ。因みにそんな私は中学生で死にました、アーメン。話を戻すと、そもそもそんな傷を負った私が美味しい料理を食べれるって面とお祝いって面もあるけれども、高いお金を払って披露宴に出席するのはどうしてなのだろうか。今回の披露宴だって、人生六回目今年に入って三回目、だ。周りの結婚ラッシュに巻き込まれ、ただでさえ好きなスマホゲームアプリに頑張って課金してしまって財布が寂しい今、笑顔で他人の幸せを祝えるだろうか?祝えません!以上!

そうして切り上げた所で視線を感じて、新郎の友人席へと視線を滑らせると、鋭い瞳とばちりと視線が合った。

「あ」
「……」

シトリンの、射貫く様に鋭い眼光を持つ瞳の視線と私の視線とが絡み合う。その相手、というのは非常に見覚えのある人物で。ていうかつい昨日はほぼ丸一日一緒に行動していた人物で。先程までの圧倒的な無表情が、一瞬で驚きに変わってしまった。

私に鋭い視線を当ててくるその人は轟一誠、最近テレビにも出始めているアイドル……否、アイチュウだ。Lancelotという、私がプロデューサーを務めている担当アイチュウ、だ。昨日は雑誌撮影、スタジオ収録等々でほぼ一日一緒だったのに、彼からは明日は結婚式と披露宴への出席だなんて発言は一切無く、いつも通り完璧に、仕事をこなしていた。……当の私は「明日は他人の幸せを吸い取ってくる」と両手をわきわきと動かしながらニコニコと笑っていた。それを見ていた赤羽根くんは私に「頑張って来てね〜」なんて心にもないことをまるで興味が無さそうに雑誌をぺらぺらと捲りながら言ってくれたし、もう一人見ていた鷹通くんは「罰当たりだなお前」と、至極真っ当な正論を投げてくれた。一誠さんもこの空間に同席していたが、次の新曲デモをイヤホンで聴いていたからもしかしたら知らなかったのかもしれない。ひらり、と手を振ってみれば一誠さんは少し馬鹿にしたように笑った。そして私はそれで直感した、あの人昨日の会話聞いてたな、と。



★☆☆



「一誠さん!」

披露宴の後に挙式、というあまり見ない形の結婚式はまだまだ続く。新郎新婦が退場した後、参列者もまたぞろぞろと外に向かう。全員が外に出てから行こうと思った私と同じ思考だったのか、ちらりと見た先に一誠さんがまた座っていたので、私は一誠さんの傍へと向かった。近寄ってくる私に気付いたのか、一誠さんは椅子から立ち上がると笑顔を見せた。

「おう……吸えたか?」

ふ、と口端を持ち上げて、茶化すように一誠さんは笑った。勿論吸えている訳がない。アッハッハ、と引き攣った笑いを返す私に一誠さんはぽん、と頭の上に掌を乗せた。置かれたその掌の大きさと優しさに、心臓が飛び跳ねる。一誠さんはそんな私にも全く気付かずに、「行くか」とさらりと言うと出口へと向かった。全くなんというか本当に、心臓に悪い人、だ。

轟一誠というその人に、私は静かに恋をしていた。許されざる恋心、気づいた時には全てがもう手遅れだった。膨れ上がるばかりの心は際限を知らない。それでも尚私が彼と仕事が出来ているのは、何も知られぬまま傍にいた方が幸せだという誰にも知られずに決心をしたお陰だ。不意にこの心を悟られてしまって、彼をプロデュースすることから遠ざけられる。それなら私は、こんな気持ちは押さえ込んだ方が良いと思った。だって私が好きになったのは、直向きに上を見て、頂点を目指そうとするその姿だったのだから。

「おい、どうした?」
「! 何でもないです、行きましょ!」

歩いて行ってしまったかと思えば、私が着いてきてないことに気付いて振り向いてくれる。そんな姿にまた、心臓が鼓動を早める。轟一誠という男は、そういう男だった。バイオレンスアイチュウ、だなんて肩書きを背負ってはいるものの、実際には外見はちょっぴり怖くて、口がすこーしばかり悪いけど、とても心優しくて、気遣いが出来る仲間想いな人。そんな人に、アイドルとしても、個人としても惚れない訳が無いわけで。…でも飛び跳ねた心臓よりも先に、私はやっぱりこの人をアイドルの頂点に立たせてあげたいと、そう感じるのだ。


☆★☆


挙式は滞りなく進み、新郎新婦の厳かな結婚の誓いを見守った参列者達は今度はチャペルを出て新郎新婦の歩みを見守ることとなる。真っ白なチャベルから出てきた二人は真っ白なタキシードとウェディングドレスを風に少し遊ばれている。空は二人の旅路を祝福するかのように真っ青で、青と白のコントラストが美しくて思わず声が出た。

「うわ、綺麗〜……いいなあ……」
「お前にもそういう願望あるんだな」

いつの間にやら隣に立っていた一誠さんが、身長差の関係で私を見下ろしていた。見下ろしていた、とはいうもののその表情は優しそうというか、なんというか……今まで彼と積み上げてきた仕事の中では、見た事の無い表情だった。柔らかい、慈愛に満ちた…?そんな、表情。とくり、高鳴る心臓に気付かないふりをして、一誠さんに向けていた視線をずらしてメインの二人へと向ける。二人は当然だけどやっぱり幸せそうで、鷹通くん、少しくらい吸い取っても大丈夫そうだよ、と鷹通くんにテレパシーを送った。

「そりゃそうですよ、女の子なら誰でも憧れますからね」
「……」
「……女の子じゃなくて女なら、に訂正します」

無言の一誠さんに、自分の失言を訂正すれば彼はふは、と堪えきれないように笑った。一誠さんのその笑顔はLancelotの二人といる時に良く見せる表情で、この笑顔を目にした時は、自分が彼にとっての気を抜けるような範囲の人間になれたことに泣きそうになったのを覚えている。一誠さんのそんな笑顔に目を奪われて、新郎新婦の方を見ていなかった結果なのか。一瞬周りがザワザワとザワついた瞬間、私の隣に立つ一誠さんが「っと…」と、小さく呟いて、私の脳天を直撃しそうになっていた何かをぱしりと受け取った。

「あ」
「……」

何か、なんて言わなくてもわかる。結婚式、終わり際、外、ザワつく会場、飛んでくる何か。そう、それは先程迄花嫁が持っていた、色とりどりの鮮やかな花が詰め込まれたブーケだった。

途端に、盛り上がる会場。男性陣は少しからかう様に、女性陣は唇を尖らせて。一誠さんはからかいの声に少しだけ頬を赤らめて、眉を顰めていた。そんな姿を見るのが新鮮で、私も横でけらけらと笑ってしまったのだが、 それが気分を害したのこ先程とは打って変わって軽い力を込めてぺしりと頭を叩かれた。


☆☆★


「幸せは吸い取れなかったけど、ネタは回収できましたね!」
「……誰にも言うなよ」

帰り道、明日の撮影が朝一番ということと、その話もしたいとのことで宴会には出ずに二人で一緒に帰宅することとなった。なんだか今日は心臓が跳ねてしまうことばかりなので、多分今日だけで寿命が十年は縮まった。明日の撮影で一誠さんが聞きたいということも、大した用事ではなくて会場を出てすぐ解決してしまったので後は帰るのみである。一誠さんの歩むスピードが普段より遅くて、私に合わせてくれているんだな、とこんなところでまでキュンとさせられてしまうのは卑怯だと思いながら隣を歩く。

「ったく…捨てる訳にもいかねーだろこれ」
「ですね、学校にでも飾ります?」

右手に持った大きなブーケを持ち上げて、困惑こ表情を浮かべる一誠さんに苦笑する。かと思えば、そのブーケを唐突に私の胸にばさりと押し付けた。とはいえ、花の部分ではなく包装された部分を押し付けられたために、不快感はない。どうしたんですか?と一誠さんに問えば、何故か少しだけ目を逸らされた。

「やるよ」
「へ?……えっ、いや、それこそ罰当たりですよ!?」

わたわたと慌てて目の前で両手を振れば、一誠さんは「確かにな」と納得したような表情をうかべた。かと思えば、今度は一歩下がって、私にブーケを差し出した。一体全体今日はどうしたんだろうか?と不思議に思って「一誠さん?」と首を傾げて尋ねようとすると、一誠さんは今度は真剣な瞳で、私をじっと見詰めた。

「……俺は双海みてえに口が上手いわけじゃねえから、こういうのは、得意じゃないが…」

視線を下げた、一誠さんの様子に私は口を挟める状態じゃなくて口を噤んだまま聞くことしか出来ない。すう、と息を呑んだ一誠さんが再び、口を開く。

「…プロデューサーとして、仲間として、信頼してる。俺の傍に、いて欲しい」

柔らかな風が、一誠さんの縛った後ろ髪を撫ぜる。さらりと風に揺られる彼の気性にも似たその髪の色が、青空に照らされて光っていた。きらきらと世界までもが光っているような錯覚すら覚えて、これが本当に現実なのかわからない。それでも、私を見つめるその瞳の熱意と、語られる言葉に込められた感情が今、この瞬間が現実なのだと実感させる。今この世界には、彼と私、ただそれだけ。轟一誠と、みょうじなまえ。それ以上でもそれ以下でもない、ただの個人二人がここにいた。

「好きだ、なまえ。俺と結婚してくれ」


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