「こらっ!」
「いつっ」

べし、と畳の上に丸くなって寝転んでいる若王子くんの側頭部を軽く叩く。すると、乱暴じゃのう、と声色だけは弱々しく、表情は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべて若王子くんは身体を仰向けにした。

「アイチュウの癖に相変わらずだらしないですね」
「アイチュウのプロデューサー見習いの癖に大事な商売道具を叩く奴には言われたくないのう」

にっこり、とお互いに笑う。一見和やかそうに見えるかもしれないが、若王子くんも私も瞳が笑っていないのでよく見れば険悪な雰囲気だということはすぐにわかる。私と若王子くんはなんというか…端的に言えば馬が合わない。でも馬が合わないからって私も仕事を諦めるわけには行かない。足の踏み場がない程に散らされた若王子くんの書を墨の乾いたものから重ねて束ねて纏めて行く。その間に若王子くんはゆっくり身体を起こすとぐぐっ、と腕を伸ばして伸びをする。

「で、何の用じゃ?」
「2時間後にお仕事が入ってますので、呼び出しです」

メイクするにもギリギリになるなあ、と先程目の前で溜息を吐いていたプロデューサーさんを思い出す。私が目指すべき人で、目標の人である現プロデューサーさん。…の手すら煩わせる若王子くん。一体どんな強者なんだ…!?と初めて会うまでおっかなビックリだったものの、会ってみれば煙に巻く発言が多く実態を掴めないよくわからない人だった。私はというと、昔から単純で直球な人間なので初見からああこの人とは一生気が合いそうにないな、と悟った。

纏め終えた書の角を合わせて他所に置けば若王子くんは「ん、」と私に背を向けた。無造作なまま、束ねてもいない綺麗な銀糸。「仕方ないですね」はあ、と一つ息を吐いて持参していた青色のヘアゴムで若王子くんの髪を一つに結ぶ為に彼の髪に手櫛を入れる。丁寧に、丁寧に。いつも若王子くんは私にこうして髪を結ばせる。普通得意じゃない人間になんて髪を触らせたくない筈だから、私はいつもこの瞬間に安堵してしまう。彼のスペースに立ち入ることが許される人間なのだな、と。

「先日は1時間前に迎えに来たというのに、なんの心変わりじゃ?」
「御剣さんに早く会いたいからです」
「…晃?」

「実は私、彼のモデル時代からのファンで」へへ、とだらしのない笑い声を出してしまったのを自覚する。そう、実は私は御剣晃さんのファンだった。彼の出た雑誌は片っ端から買って、片っ端からファイリング。そのファイルは今も大切に私の宝物が詰まった引き出しに大切に保管してある。「…晃の…」ぼそり、いつも低めの声なのに更に低い声で若王子くんは呟いた。もしかして、あらぬ誤解を与えているのではなかろうか。きゅ、と彼の髪を結び終えたところで、慌てて弁明する。

「あ、別に御剣さんに会いたいからプロデューサーやってるとかじゃなくて、彼の顔が史上最高に好みというか、たまたま御剣さんがアイチュウになっただけで別に御剣さん狙いとかじゃ…!?」

とん、と背中に柔らかい衝撃。視界がぐるりと回って、見えるのは初めて見る真顔の若王子さんと、和室の素っ気ない天井。「へ」何が起きたのかわからず、驚きのあまりに気の抜けた声を漏らせば「しぃ、」と若王子さんがさながら内緒話をするかのように、自分の前に右手の人差し指を立てて、唇に触れさせた。

彼の唇が柔らかく、指に触れるのを思わずごくりと固唾を飲んで見守ってしまう。身動きも許されない程の、妖艶さ。まるで世界に私と若王子さん以外何もいないかのように、他の音が聞こえない。若王子さんの私の腰に回った左手が、力を込める。隙間もない程にピタリと触れ合った身体が、恐ろしいほどに熱を持つ。どうして、こんな、

「俺の前で他の男の話とは…良い度胸、じゃの?」

若王子さんの唇から離れた指先が、今度は私の唇に優しく触れる。ふに、と指先が唇を押してくるその感覚に、背筋がぞわぞわとするのを抑えられない。私のそんな様子もお見通しなのか、くっくっ、と押し殺すように笑う若王子さんが今度はゆっくりと私の耳元に顔を寄せる。

「今日は、俺だけを見ろ」

ちゅう、とダイレクトに耳に唇が触れた感覚に、ついに私はキャパオーバーになってしまった。「ひゃぁあ!?!」と女らしさなんて何処へやら、慌てて若王子さんから離れようと藻掻きだす。若王子さんはパッと私から離れると今度は押し殺すこともなくけらけらと笑っていた。耳を抑えて何も言えずに顔を赤くして、鯉のように口をパクパクと開けている私をそのままに、若王子さんは「さっさと行くぞ、なまえ」と私に手を差し出しながら、柔らかく微笑んで、初めて名前を呼んだのだ。差し出してくるその手と、優しく呼ばれた自分の名前に何故か心臓が痛いほど高鳴っていたなんていうのは、一生誰にも言わない私だけの秘密にしたい。


その後、撮影現場で私が若王子さんの番の時に顔が真っ赤で、プロデューサーさんに熱があるんじゃないかと心配されているのを見て楽しそうにしていた若王子さんに何も言えなかったのはまた、別の話だ。


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