例えるならば、キラキラ。私の視界にはキラキラと瞬く光の粒子がふわふわと舞い踊っている、そんな幻覚を見てしまう程、今の私は只ならぬ興奮を覚えていた。一瞬の瞬きすらも許されないその空気にただ私は圧倒されて、カッと目を見開いてその瞬間を刻み付けようと…したかった。したかった、のだが。

「なーんで私が朝比奈さんの代わりに…」

はあ〜、と重たい溜息が私の口から漏れ出した。するとクスクス、とからかうような軽い笑い声が私の鼓膜を擽った。なんで笑うんですか、と横目でその笑った張本人をじとりと睨め付ければ、その人はどこ吹く風、といった様子でけろりとしていた。ついでとばかりにウィンクしてきたのもなんだか腹が立つ。

「プロデューサーが3期生のライブ準備に追われてるから仕方ないね〜」
「仕方ないで済む問題じゃないです…校長の気まぐれには本当、絶望です」

はあ、と再び溜息を吐く。目の前では現在、アイチュウ2期生のLancelotの新曲CD発売に向けた雑誌撮影が行われていた。普段の私ならばその輝かしい様子を童心に返って眺めているのだが、今日の撮影はそういう訳にも行かなかった。普段の私はアイチュウを担当している朝比奈柚希さんのサポート、という立ち位置にいる。
いずれは朝比奈さんと共にアイチュウのプロデューサーになる、というのが私に与えられた仕事の最終目標であるのだが、朝比奈さんと違って経験の浅い私は彼女の側でまず経験値を積むことから始めている。1期生は海外ライブやらなんやらで順調にアイドルへの道を進んでおり、2期生もまた個性を生かして様々な方面で活躍、そんな折3期生が加入した訳なのだがこれが一癖も二癖もある集団ばかりで流石の朝比奈さんも手を焼いているのが現状。
と、なれば朝比奈さんが右も左も分からない3期生のお世話に掛かりきりになるのは仕方ないことで、ある程度仕事に慣れ2期生に少しばかり経験値を積んだ私が宛行われるのは至極当然のこととも言えた。ぶっちゃけ文句を言える立場ではないのだけれど、私がこうして渋っている一番の理由は、社長が私に告げた事業内容と180°違うことをさせられている、という点にある。
高校を卒業し、特に何も考えずに大学に進学し将来の就職のことなんてこれっぽっちも考えていなかった大学3年、そんな無計画な私を心配した両親が親戚の知人である社長と引き合わせた。社長の雰囲気に飲まれ、そんなに難しい仕事じゃないよ君には書類整理をやってもらうだけだし〜やら、あれやこれやと気が付けば社長と雇用契約を結んでいた私、どうせこのままいても仕方がないとトントン拍子で大学も辞めてしまった。別に後悔はしてない。確かにこの仕事は楽しくてやり甲斐もある。唯一気に食わないのは社長のやり方だけだ。

「君が一人前になるまではプロデューサー業はさせないから、なんて言ってたのに」
「お前が一人前になったからじゃないのか?」

撮影が終わったばかりでまだ熱が冷めないのか、衣装の白いハットでぱたぱたと自らを扇ぎながら不思議そうに言った三千院さんを、じろり、と睨め付ける。え、と絞り出すように呟き目を丸くして一歩退いた三千院さんの様子を気にも留めず、ぐぐっと顔を近付ける。

「お、おい、なまえ」
「自慢じゃないですけど!私はまだ半人まぐぇっ」

綺麗な紫色の瞳、流石アイドルを目指すだけあるなあ、なんて片隅で考えながら三千院さんに言いたいことを言った瞬間、私の襟が背後からぐいっと引っ張られてお恥ずかしながら蛙が潰れた様な声が出た。身体に傷がないだけ幸いだと思いたい。何をするんだ全く、とぐるりと振り向けば、そこには眉根にしわを寄せて少しだけ機嫌の悪そうな轟さんがいた。男前が機嫌が悪そうだとかなり怖い、ヒィッと出かけた悲鳴を必死に飲み込んだ。先程まで撮影中であんなにアイドルスマイルを決めていたのに一体どういうことだってばよ。

「何してんだ、お前ら」
「と、轟さん」

眉根に寄せられた皺を伸ばすこともなく、一誠さんは鋭い低い声を出した。ヤバイ、怖いです。朝比奈さん助けて。「自分はまだ半人前だから仕事に携わるのは嫌だ〜ってなまえちゃんが言ってるんだよ」俺ならそれ以前に仕事したくないけどね〜、とへらりと笑って続けた赤羽根さんに口端がひくついた。高校時代から交流のあるこの方々の中には信頼関係たるものがあるんだろうけど、まだ殆ど関わりのない私にとってバイオレンスアイチュウと呼ばれるこの轟一誠さんは苦手な部類の方だった。本音を言うと、顔だけならばアイチュウの中で一番好きなのだけど。だからさっきはアイドルスマイルを浮かべている轟さんをジィッと眺めていたとかまさかそんなことは。

そんなことかよ、と溜息混じりに吐いた轟さんの眉間には数本の皺が刻まれている。轟くんの機嫌には気をつけてね、なんて朝比奈さんに言われていたようないなかったような、どうしようと戸惑いながら立ち尽くすという失態を犯している私は視線をあっちへこっちへとウロウロさせる。すると目の前に立っていた轟さんの腕がゆっくりと上がる。ひぃ、と思わず身を竦ませる私に与えられた衝撃は、柔らかく、衝撃というほどのものでもなかった。ぽん、と頭の上に轟さんの掌が乗ったのだ。

「俺が認めてやってんだから、自信持て」

少しだけ掌を浮かし、再びぽん、と私の頭の上に乗ったその掌と同時に呟かれたその言葉。耳を澄ませていなければ消えてしまいそうな、そんな声量の言葉がこの沢山の人のいる中で明瞭に私の鼓膜を揺らす。

「と、どろきさ、」
「準備出来ました〜!皆さん再度宜しくお願いします!」

震える喉で言葉を返そうとすると、撮影セットのそばのカメラマンの声が私達に向けられた。その声に轟さんの手はあっさりと離れて行き、三千院さんは少しだけ心配そうに、赤羽根さんはひらひらと私に手を振って撮影セットへと向かい始めた。その背中を見つめたままのまだまだ新米、にもなれないプロデューサー(仮)の私はこの胸に暖かく残った温もりをどうしたら良いのかわからず、ただその場で再開した三人の撮影を見つめることしか出来なかった。


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