私という人間は、どうにも他人というのが苦手なのである。何もわからない人間と、ちゃんと喋るのがすごく怖い、とそう思ってしまうから。高校生になってもそのままの私を見兼ねて、友達が引き合わせてくれたのは学校全体で有名な…最早アイドルにも近い存在である東堂君であった。
「と、うど、うくん…」
「みょうじさん、そんなに怯えないでくれ」
初めて私の治療と称した邂逅のとき、東堂君はいつもの高笑いではなく、柔らかに笑っていた。それは私が過去二年間で見たことのない笑みで、東堂君はこういう笑い方もできるのだなあと思わず見入ってしまったのだ。
私達は空き教室で向かい合っていた。もう何度となく出会っている私たちだが、相変わらず関係は平行線のままである。こうして教室で会うのは東堂君も私も寮生であるから、わざわざ外で出会えば手間だろう、との東堂君の提案によるものである。私としても実に楽で面倒がなくて助かっている――というより、外で会うんだったら既にこの奇妙な対面は無くなっていると、思う。
「みょうじさん、やはりまだ慣れないか…?」
「え、あ、はい、そ、…の、うん、むり、です」
そうか、と残念そうにしたであろう東堂君に、私は申し訳なさを感じずにはいられない。基本的に私のせいで東堂君と目が合うことは少ないのだが、長年の人見知りにより上達した気配察知スキルで東堂君がどのようにしているかなどはすぐわかるようになった。
「ほ、ほんとうにごめ、…!?」
「…?、みょうじさん?」
ぴたり、私の視線はとあるところで釘付けになった。…机の横のフックにかけられた、東堂君のスクールバッグである。少しだけ開いた鞄のチャック、そこから姿を覗かせているのはこの箱根学園の購買で販売されてはいるものの、先着三名様のみしか味わうことの出来ないハコガクプリンであった。自他共に認める程に甘い物が大好きで、ケーキバイキング等に度々出掛ける私なのだが、内気にステータスを極振りした為にプリン戦争に割りいる勇気がなく、いつも歯痒さを感じていたのだ。それが、いま、そこに。
「と、東堂君それ!ハコガクプリン…!」
「ん?ああ、お世話になっている購買の方が下さったんだ」
相当レア物らしいな、俺は良く知らんが。と静かに笑みを浮かべた東堂君に口をあんぐりと開けてしまう私。イ、イケメンのコネっていうのはこんなところにまで通用するのか…!私もイケメンに生まれたかったと心底神を恨みたくなったのはこの日が初めてである。
「…みょうじさんが欲しいのなら貰ってくれて構わないぞ?」
元々新開にでもやろうと思っていたし、こてり、首を傾げながら恐れ多くもそんなことを言い放った東堂君が私には菩薩か何かに見えた。だが、ここでください!と言えるほど私のハートは強くない。
「で、でも悪いよそんなの…!」
内心は貰ってしまえと囁く悪魔が五人もいて、唯一一人だけ私の良心に訴えかけていた天使は既に倒されてしまっている。その悪魔ですら私のチキンハートを壊せないあたり、無駄に強すぎるのも考え物だと思った。
「…では、こうしよう」
東堂君はそう言うと、ガサゴソと鞄の中を漁り出した。一体なんだろう?と首を傾げそうになった時、こつん、かたん、私達の間にある机の上に件のハコガクプリンとよくあるプラスチックのスプーンが置かれた。間近で見ると、そのプリンの黄金の輝きに目が眩みそうだと真面目に思ったのは私がおかしいのだろうか。東堂君はスプーンを包んだビニールを実に綺麗に破る――ごく自然な動きだったから、多分普段からこういう動作をしているのだと思う。つくづく、凄い人だと思う。―― と今度はプリンの蓋をまたも静かな手つきで捲った。まさかこの男、私の目の前でこのプリンを…!?と一瞬東堂君が菩薩から鬼に変わる瞬間を私は垣間見てしまう、と脳裏によぎったのだが東堂君はプリンをスプーンで掬い、何故か私の方へと差し出した。
「…?何してるの東堂君…?」
「これなら一石二鳥だと思ってな!」
みょうじさんとの距離も近付くし、何よりプリンをあげられるだろう!と笑みを浮かべている東堂君がプリン越しに見える。ハコガクプリンはプラスチックのスプーンの上で東堂君の僅かな手振れに反応してその身をふるりふるりと揺らしていた。傍目から見れば私は猫じゃらしを見ている猫のようであろうが、それ程までにハコガクプリンは魅惑的ということだ。ふるり、揺れるそれに釘付けになった私はチキンハートとかそんなの何も関係なしにぱくりとそれを口の中へ迎え入れたのだ。
途端、鼻腔を擽る甘い甘い、柔らかな味に驚いた。舌の上でころころと転がすだけで溶けて行ってしまいそうなほどの柔らかさ。思わず感嘆の溜息を吐いて持ち上がる口角を隠せずにいると、「やっと笑ってくれたな」と東堂君の声が聞こえた。
「え?」
「みょうじさんの笑顔が見れて、とても嬉しいよ」
それに自然と話してくれている、そう笑う東堂君の笑顔は、今まで見たものの中でも一番綺麗であった。なんというか、慈愛に溢れたその表情は私の見たものの中で一番美しいと、何故かそう感じたのだ。東堂君はすぐに照れ臭いのかごまかすように笑うと、プリンをもう一度掬っていた。少しだけうつむいたその表情を垣間見ることはできなかったけれど、東堂君の剥き出しになった耳は何故か赤く染まっていた。
「どれ、俺も頂こうかな!」
「えっ、あ、東堂君…か、間接キ…ス…」
すこし漂った気まずさを吹き飛ばすかのように、東堂君は明るく笑って顔を上げたかと思えば、私が止める間も無くプリンを掬ってぱくり、と東堂君はそれを口内へ迎え入れた。のだが、私の間接キス発言に「ごふっ!?」と一瞬噴き出しそうになっていた。でもそこは流石というべきか、実際に飛び出してくることはなかった。
エンドエンド
超人見知りな子を餌付けして仲良くなる東堂さんというアンケートからのネタを頂きました。有難う御座いました!(五万打記念)