箱根学園自転車競技部には、三年生の女子マネージャーが一人いた。容姿や頭脳に関しては特筆すべきところは無いのだが、彼女は箱根学園での有名人であった。

…と、いうのも、彼女は度が過ぎる程の貧乏性、であったからだ。



湿度も低く、からりとした快晴の日。箱根学園自転車競技部はキャプテンである福富の指示により、部内レースを行った。特にこれといったルールもなく、楽しく走れたなあ、と真波は口元にゆるりと笑みを浮かべた。ラストは激坂であったこともあり、東堂が一位、自らが二位で他の人々は今だに到着していない。真波が額に伝う汗を拭った時、共にインターハイを走るメンバーが続々と到着し始める。その中でも荒北がボトルのドリンクを飲み、休むために草地に腰を下ろそうとした瞬間に、それは起こった。

「アッ!!!荒北くんそこ踏んじゃダメ!!!」

どこか切なささえ感じられるその声に、荒北は下ろそうとしていた腰にぐっと力を込めて体勢を保つ。なんで疲れた後に疲れなきゃいけねえんだ…!と荒北は謂わば空中椅子状態である自分に怒りつけた。とはいえ、元凶は突然かけられた声の主の所為である。どうにか座りそうだった場所から回避して、荒北はがばっと顔を上げた。

「みょうじ、突然はやめろっつのォ!」
「えっいや、だ、だって…」

荒北の罵声に狼狽えた少女、その名もみょうじなまえ。前述の有名人その人である。隣で苦笑しているサポートメンバーである一年に選手達の記録をするボードを渡し、なまえは荒北の座ろうとしたところまで歩み寄り、そこに自生していた草をぶちりと摘んで、荒北の方を振り返った。

「ほら、これ!食べると美味しいんだよ!」

にっこり、雑草を片手に微笑む女子高生の出来上がりである。荒北はその様子に眉根を寄せる、が、そなまえの後ろを見て更に不機嫌そうに表情を歪めた。

「なまえ、これやるよ」
「んっ新開くん!?えっいっいいの!?」

すっ、と彼女の後ろから現れたのは新開であった。先程まで姿が見えなかった上に、額から垂れる汗が得意でない坂を越えてたった今到着したことを告げていた。新開が彼女にパワーバーを差し出し、彼女がきらりと瞳を瞬かせてそれを受け取ろうと手を伸ばしたとき、横からそれを阻むように手が伸びた。

「オイ新開…抜け駆けは無しだって話しだったろォ」
「…そうだったな、靖友」

悪かった、そう言って微笑を浮かべた新開に対して荒北はふん、と鼻を鳴らした。間に挟まれたなまえはというと、会話の流れもよくわからないのでとりあえず先程摘んだ草を眺めていた。

「二人とも喧嘩はおしまい?」
「別に喧嘩してねーヨ」
「ああ、してないな」

ふうん、となまえはへらりと笑みを浮かべて二人の手首を掴んだ。驚きの声を上げる二人を尻目になまえは振り向き様ににこりと二人に笑いかけた。

「ここめっちゃ食べれる草ばっかりだから摘んで行こう!?」

きらり、と輝くその瞳に、二人は異論を唱えることはできなかった。荒北と新開はなまえに惚れていた。というのも二人にとっては些細なきっかけが重なって出来た事象であるので、なにがこうだから好きだと大きく言えることはない。二人が互いの気持ちを察するのに時間は大してかからず、今では牽制し合いながらもアピールをするという何とも言えないポジションを保っている。なまえは貧乏性があるところ以外はとにかく普通の女の子である。彼女に新郎をかける必要もないだろうと二人は特に何もすることはないが、ふとした瞬間の彼女の何気ない言葉にむしろ殺されかかっているのはこちらだ、と常々思う。

「んっ、もう十分だよ!本当二人ともありがとう〜感謝感激!大好き!」
「……」
「……」
「あれ、どうしたの?」

今夜はこれを天麩羅にしよう、と意気込んでいるなまえを尻目に、二人は真顔になっていた。どうせならどちらかとくっついてくれれば面白いのに、と思ったのはその光景をぼんやりと眺めていた真波であった。



きいさんリクエスト、荒北→主←新開、でした。リクエスト有難う御座いました!


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