人間になりたいの。

そう呟く女を、御堂筋は心の底から気持ち悪いと思った。御堂筋は常に人に対してキモイと罵ってはいるが、その実それは口癖のようなものであった。その御堂筋が、寒気もするほどに気持ち悪いとはっきりと思ったのは、初めてのことであった。

「御堂筋くん?」
「……お前、気持ち悪いわ」

日が落ちて、暗い校門前。ひらり、と風に弄ばれて制服のスカートを緩やかに靡かせた少女がにこりと御堂筋に笑いかければ、御堂筋はふっと視線を逸らして小さくそう告げた。少女はというとその言葉にきょとりと目を開いたかと思えば、こてん、と首を傾げて再び笑った。

「気持ち悪い?じゃあ人間らしくなれたのかな」
「…そんなん知らんわ、キモ」

そのとき、少女は小さく震えた。夜風が吹いて、どうやら寒さを感じたようだ。御堂筋は何を思うこともなく自然と、自分との身長差が大きく、胸元のあたりに頭がある小さな少女の首にぐるりと真白のマフラーを巻きつけた。覚束ないその手に何を感じたのか、少女は少し微笑んだ。

「…ありがとう」
「…別にィ」

二人、どちらとも何も言わずに同時に歩き出した。二人は触れそうで触れ合わない、微妙な距離を保って歩いていた。少女はそれでも楽しそうに常に微笑を浮かべていて、御堂筋は少女とは反対の方へと顔を向けていた。夜道で見にくいが、その耳は少しだけ赤く染まっているように見える。

「ねえ、御堂筋くん。わたし人間らしくなれたかなあ?」
「…それ、気持ち悪いわ」

そうかなあ、と曖昧に笑った少女は静かに指先で御堂筋の指先に触れた。触れるとひやっとした、その冷たさはどちらの指先の体温だったのか、二人にはわからなかった。きゅう、とどちらからかはわからないが、握り合った掌が柔らかに体温を分け合った。

「人間らしくって、なんなのかなあ。わかる?」
「知らん」
「だよねえ」

あはは、と笑った少女は触れ合う指先に力を込めた。御堂筋は人間になりたいと呟く少女が何を考えているのかよくわからない。その行動理念もよくわからない。一言で言えば、何が何だかわからないのだ。そんな彼女を見ていると、御堂筋はなんだか心の中で今までに持ったことのない気持ちが膨らむのを感じていた。空いた片手で、御堂筋は少女の顎を持ち上げた。ぐぐっ、と背中を曲げて背の低い少女に顔を近づける御堂筋を見上げて、少女は目を瞑った。

人間になりたいの。

そう呟く女を、御堂筋は心の底から気持ち悪いと思った。御堂筋は常に人に対してキモイと罵ってはいるが、その実それは口癖のようなものであった。その御堂筋が、寒気もするほどに気持ち悪いとはっきりと思ったのは、初めてのことであった。―――そして、その御堂筋が他人に愛しいと感じたのも初めてのことであった。

「…え、へへ」
「…キモ」

触れ合ったそれが離れた時、少女はくすくすと笑い始めた。御堂筋はふい、と顔を背けて、少女と指先をするりと絡ませた。―――彼女のいう、人間になりたいという言葉はどういう意味なのか御堂筋にはわからない。彼女は何が何だかわからない。それでも彼女に惹かれるのは何なのだろうか。御堂筋はよくわからなかった。


愛を知るということ。


優さんリクエスト、御堂筋、でした。リクエスト有難う御座いました!


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