遠くから眺めていると、なんとも言えない人だった。飄々としていて掴み所がないのか、それとも恍けているだけなのか。そんな彼が、苦手だった。
「真波くんが苦手?」
ぽきり、口に運んだチョコを纏った棒状の焼き菓子を口で折りながら、友人はきょとり、とクエスチョンを浮かべた。うん、ただそれだけ呟いて頷けば友人はふうん、と僅かの感慨も無い様子で残りの焼き菓子を口に放り込んだ。
「珍しいんじゃない?割と皆から愛されてるし、あの人」
次に取り出す焼き菓子をどれにしようかと吟味して、指先を揺らす友人を横目に、私はううん、と唸った。そう、私は皆から愛されてる真波くんが苦手だ。全国有数の自転車競技部の強豪校、箱根学園で一年生にしてレギュラーの座に鎮座し、尚且つ異性の目を惹く眉目秀麗な彼が学年の有名人になるのは、随分と早かった。箱根学園の優勝を期待して見学しに行ったインターハイの、ラストクライム。総北高校の小野田君、という人と自転車を回している姿は普段の柔らかな面持ちと一変して随分と荒々しく、生き生きとしていたという。…というのは、友人からの伝聞である。どうにも私の中には荒々しい、という単語に当てはまるのが銅橋くんしか居らず、真波くんが銅橋くんのような表情を浮かべると想像したらなんだか笑えてしまったのだが、その友人曰くあれは見るべきであった、惚れてしまうのも当然だ、とのことであった。事実、今まで優しげな彼に惹かれていた人は多くいたが、インターハイを越えたあとはその勢力を更に拡大させていたようだった。二年になった今、真波くんと同じクラスではあるが未だそんな姿を見せることはない。きっと自転車に乗っている時だけ見せる表情なんだろうな、と曖昧に思った。
「…なんていうか、何考えてるのかわかんないんだよね、笑顔の下に隠してそうでさ」
「あーあんたそういうの気にする人だもんね」
まあ私は全然気にしないし真波くんなら顔パスだよね!えげつない発言を堂々と言い放って、友人は再び焼き菓子を味わい始める。私はというと、一つ小さく溜息を吐いて真波くんの席の方に視線を遣った。彼は私たちに背を向けていて、彼が座る席の前には怒った様子の委員長こと宮原さんが立っていた。どうやらまた、彼女が真波くんにお説教をしているようだ。宮原さんが真波くんをお説教する様子は一年時から度々見られていた光景で、そんなに目新しいものではない。相変わらず元気だなあ、なんて思ったその瞬間に、くるりと真波くんがこちらを振り向いたので心臓が一瞬止まった(気がした)。
いやまさか、声を潜めて喋っていたし、聞こえてるなんて流石にないだろう、と目の前で何も気付いていない友人に合わせて焼き菓子に指を伸ばそうと彼から目を逸らそうとした時、彼の腕がゆっくりと持ち上がり、私に向かってその男性にしては白く細い指が銃のポーズをとったのだ。
「バキュン、…なんてね」
私達の距離は近くない。口パクでそう告げられたことに驚くし、口パクがわかった自分にも驚くし、なにより真波くんの突然の行為に驚いた。もしかしたら私に宛ててのものではないのかもしれない、と背後を振り向いたもののそこには誰も居らず、友人の心配そうな声になんでもないよと返しながらもう一度振り返った時にはもう真波くんは私の方を見ておらず、怒りの表情を浮かべた宮原さんにキャンパスノートで頭を叩かれていた。
…もしかしたら、さっきのは幻覚だったのかもしれない、いやそうだと思いたい。…でも、何故か高鳴る心臓が思い込ませてくれない気がした。
駆け引きを始めます
「(あっれ…伝わらなかったのかな…)」
「(手で銃のポーズしてバキュンって…小学生なのかな…)」