大人になると、疎遠になるっていうのはよく聞いていた。ただ、私と靖友にはそれがなかったから、一般論ってアテにならないなあ、なんて思っていた。靖友に彼女が出来たときだって私達は昔靖友が家まで送ってくれていた時と同じ様に、それが習慣であるかのように、一緒に寮までの道を歩いた。その翌日、前日に出来たばかりの靖友の彼女に呼び出された。内容は至って簡単なもので、要約すると彼女でもない貴女が靖友くんと一緒に居るのは迷惑だからやめてくれ、みたいな。恥ずかしながら今まで彼氏という存在が出来たことのない私には、随分と理不尽だなあと思う反面、もしかしたら彼氏彼女というのはそういうものなのかもしれない、と数日モヤモヤと悩み続けていた。そんなところを、自転車部がテスト休みで暇していた上に人の感情に聡い東堂君に察されてしまったわけだ。

「って感じ」
「ふむ、成る程…」

うむ、と私の机を挟んで腕を組んでいる東堂君。ファンクラブの子が騒ぐのもわかるよなあ、なんて思いながらその柳眉の間に寄った皺を眺めていると、思案していることによって閉じられていた瞼がぱちっ、と開いた。放課後の教室、私と東堂君しかいないその空間で、彼の声はよく響く。夕焼けが東堂君の瞳に光を増やしていて、宝石のようだと思った。目の細い靖友と、大違い。

「俺から言わせて貰うと、二人とも鈍感すぎるというところだな」
「…鈍感?」

ぱちり、シャボン玉が弾けるような感覚を覚えた。鈍感。…鈍感?

「わたしが?」
「二人とも、だよ」

さらり、と東堂君のカチューシャから飛び出している前髪の一房が揺れた。私なんかにそんな綺麗な表情を見せたって何もならないのに、今日の東堂君は随分とサービス精神が旺盛なようだ。口角が少しだけ持ち上がっているのその表情は随分と美しく見えた。靖友の笑い方とは、大違い。

「なまえ」
「ん、靖友」

がらり、教室の扉が開いてそこから靖友が顔を出した。驚いたのか、私と東堂君を映した瞳は一瞬だけ揺れたけれど、すぐに元に戻ってしまった。顔に感情の出やすい靖友は、その後露骨に眉根を寄せたから不機嫌そうなのはすぐにわかった。

「…何で東堂と居るんだヨ」
「相談聞いてもらってたの」
「フーン…ああ、そうだ。今日一緒に帰れねえから友達誘ってくれ」

その言葉に今度は私が吃驚する番であった。私以外と帰宅することなんてここ数年なかったのに珍しい、と首を傾げそうになった時、靖友の背後から件のあの女の子が恥ずかしそうにひょこりと顔を出した。…ああ、成る程。

「うん、わかった。また明日ね」
「おう。気ィ付けてな」

学校から寮までの道程はそんなに遠くない。心配性なんだから、と踵を返す靖友の背を見届けて息を吐こうとしたが、ぐるっ、と靖友がいきなり振り返ったかと思えば東堂君に向かってびっと指を差した。

「…オイ東堂ォ、ソイツ寮まで送ってやれ。何かしたら許さねェ」
「え、」
「ああ、心得ているよ」
「えっ」

訳のわからない会話が交わされたかと思えば、靖友はさっさと去ってしまって東堂君はすこしおかしそうに微笑んでいた。…とりあえず、私はどうやらあの短い寮までの道を東堂君と歩かなきゃいけないらしい。何でだ、と少しだけ思った時、東堂君が「では行こうか」と鞄を持って立ち上がったので、私も思考を中断してリュックを背負うことにした。


ーーー


「どう思った?」
「え、どうって…?」
「荒北と彼女を見て、だよ」

東堂君の口元に浮かぶ笑みとは反対に、私は頭上にクエスチョンマークを浮かべた。靖友と、彼女。二人が一緒にいるところを見て、思ったこと。

「…うーん、もやってしたかな」

私の答えに、東堂君はふふっ、と小さく笑った。彼は高らかに笑うイメージが強いが、実のところ二人きりだったり静かな場所だとこんな風に静かに笑うのだ。これは、私が靖友を通して知ったこと。

「ならば答えは一つだろう」

ほら、と笑う東堂君の指差した先には、鞄を片手に持った靖友が立っていた。…なんだろう、このほっとした、気持ちは。靖友が私達を見ると、すたすたと歩いてきたかと思えば私と東堂君の間にズイッと体を入れ込んだ。

「オイ東堂、近ェよ」
「それはすまないな」
「靖友、彼女は?」

ぎろり、東堂君を睨んだかと思えば私の問いに気まずそうに靖友が顔を逸らした。「…別れた」なんだ、ちゃんと送ってきたのか。偉い偉い、とまるで母親のように思ったのだが「二日で破局か、最長記録更新じゃないか」とからりと東堂君が笑ったので思わず私の口からは変な声が出た。

「何だ、もしかして知らなかったのか?荒北はな…」
「ウッセ東堂!」

靖友の荒げた声の内容を否定しようとする東堂君の声がすごくうるさくて、思わず眉を寄せたのだけれど、靖友が私の方をちらりと一瞬だけ見て「お前と一緒に帰るのやめろ、とか言われたら付き合うわけねェっつの…」という小さな呟きが耳に届いたのは今でも不思議だなあ、と思うのだ。



(近距離で息を吸う)



後日聞いた話だけれど、靖友は今までに何人か付き合った子がいるらしいのだけれどどの子も私との交流をやめてほしい、という様なお願いをするらしくその発言を聞いた途端に靖友は女の子に別れを切り出すそうだ。だから、短くて三分だけお付き合いした子がいたりして、彼女がいるとの噂にもならなかったらしい。

さて、私と靖友だが、相変わらずの幼馴染で毎日一緒に下校したりしている。…でも、まあ、靖友から告白してきたら付き合ってあげてもいいかな、とか思っていたりする。




最早東堂夢。某方へ。


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