金槌かなんかで、俺の頭は叩かれたのか?
そう思う程にそれは衝撃的であったし、何より絶望的であった。生まれて初めて喉から手が出る程に欲しいと思ったその人が、可愛い後輩に愛の告白をしていたのだ。これを絶望と言わず何と呼ぼうか、新開隼人はぐっと唇を噛み締める。
隣にいた福富寿一は、小さく溜息を吐いた。
「やはりか…」
ーーー
「え、ええっ!?!つ、つつ、つきあ…!!?」
「で、出来れば静かなところに二人っきりが一番都合がいいんだけど、だ、駄目、かな?」
きょとり、と眼を瞬かせるなまえに(彼女が意図したわけではないが)上目遣いで見上げられ、泉田はどうしてこうなってしまったのか己が運命を呪いたくなったし、何より彼女に迫られている理由について全くもって検討が及ばずにただただ狼狽するのみである。ど、どうすれば、と慌てながらも何か背筋に薄ら寒いものを感じ、その出処を追おうと彼女の後ろへと目を遣った時、泉田は全力で逃げ出したくなった。
「し、しんか、新開さん…!」
「…塔一郎…」
各々が驚きに包まれている自身の尊敬する先輩方に囲まれた、その人、新開隼人の今までに見たことのない表情に泉田は買ってない驚きに包まれると共に真綿で首を絞められている気分に陥った。
少し顔色の悪くなった泉田に気付いていない様子のなまえは、答えを出さずに目を泳がせる泉田に最後の一押しとばかりにズズイッと身体を寄せた。
「あ、あの…駄目、?」
「ッ!?あ、えっと…」
両手を振る泉田は実に困惑した様子である。そこに、すたすたと近寄る者がいた。その人物は福富である。傍らに自身と同じように佇んでいる人物が突然動いたことに荒北は目を丸くした。他の誰でもない、普段こういう場面では黙しているであろう福富が動いたからである。
「みょうじ」
「…ん!?福富くん!?」
ぽん、と肩に乗った手によってみょうじはハッとした様子で振り返る。だが未だにその瞳は爛々と輝いていて、一瞬だけどうしようかと福富は逡巡してしまった。その一瞬の間に、みょうじは泉田に迫った時と同じ様にずずいと福富に顔を近づけた。
「ね、ね、福富くん!彼を貸して欲しいの!」
「…駄目だ」
ぴしゃり、少しの間をおいて、なまえの提案は真顔でシャットアウトされてしまった。その返答に不満を持ったなまえが眉根に皺を寄せるのを見て、新開は先程からチクチクと針が刺さり続けている心臓に今度は刃が突き立てられる様な心地がした。彼女にその意図はなくとも、顔を寄せ合った上に唇を尖らせていると、否が応でもキスをする数秒前にしか見えないのであった。親友と、恋する相手。新開は静かに表情を消した。だがよく考えれば、何故貸す貸さない、の話になるのであろうか?男女の付き合い等部活に関係さえなければ自由なのに、と疑問が一同の心に浮かんだ時、なまえは福富から一歩後退って軽く腕を組んだ。
「…やっぱり?はあ、残念…あんなに良い本物の筋肉なんて初めて見たのに…デッサンだけも許されないなんて…全国区の部活は違うんだなあ…」
はあ、と露骨に溜息混じりに呟いたその内容は、恋する乙女の甘さなど全く含まない部活の話であった。付き合う、ってのはそういう意味か、と新開と泉田―――勿論泉田は新開と違う意味だが―――がほうっと安堵の息を吐いた。が、それに意義を唱えるものがいた。
「ちょ、ちょっと待て!!黙って見ていたがみょうじさん!!その言動は男ならば勘違いするし、実に頂けないぞ!!」
よく言った!と泉田と新開は心の中で大袈裟なまでに同意する。東堂という男は確かに口の減らない、うるさい男であることは間違いないがその中身は紳士にも近しいものがある。自分を慕うものへは丁重に、そうでないものには礼節を持って、そういった誠実な男なのである。ともすれば、なまえの実に判断に困る言動に異を唱えることも必然のことのように思えた。何よりその様な発言で勘違いした輩に襲われたりしてしまっては後の祭り、ここで東堂が注意するのは一番正しいことのように思えた。…が、その東堂の言葉に漸く東堂含め新開、荒北の方に視線を向けたなまえは、ぽかんと口を開けて、
「あれ、いつから居たの…?」
と、呟いたのであった。