新開さんにはファンクラブがあると聞いていた。確かに男の僕から見てもカッコイイ、そう思える人だからそれに関しては特に何を思うこともなかった。ただ一つ驚いたのは、僕が一年の時。インターハイが終わって一週間程経った放課後。いつもの練習メニューをこなして、帰路につこうとしたその時。一ヶ月記念をつい最近終えた新開さんの彼女ーー新開さん曰く、別に好きというわけではないけれど告白されたから付き合っていたーーの姿が見当たらなかった。いつも待っているのになあ、と首を傾げた僕に気付いたのか、新開さんは一瞬微妙な表情を浮かべた後に「別れたよ」とあっけらかんと言い放ったのだ。あんなに新開さんのことを思ったいたように見えた彼女だったのに、一体どうしたのだろうと思わず目を見張ったのだが、どうやら新開さんから別れを告げたらしい。
ーー驚いた、本当に。
新開さんは来るもの拒まず去るもの追わず、を体現している人だった。実際、今まで新開さんは誰かに告白されれば付き合うし、相手から別れを告げられなければ別れることなどなかったのだ。一体全体、本当にどうしたのだろう。あんぐりと口を開けているだろう僕に苦笑した新開さんは、ゆっくりと校舎を見上げた。
「らしくない、ってのはわかるんだけどな…恋、ってやつ、しちまったみたいなんだよ」
その横顔は僕が今まで見たことのない表情をしていて…そこで、僕は漸く気が付いた。新開さんの見上げる先は、美術室。そしてその窓辺には、一人の女子がいた。その姿はよく見えないけれど、新開さんには“彼女”であることがわかるらしい。ごくり、思わず固唾を呑んだ後に、僕は質問をしていた。
「その人の、名前はなんて…?」
ーーー
「えっ、と、何か御用ですか…?」
「…え、あ、私、みょうじなまえと申します、その、福富くんに用があって…」
男の子が瞬きをすると同時に揺れ動く、長い睫毛に私の視線は釘付けであった。随分と、東堂くんとは違う方向の綺麗な顔立ちをしている少年だなあ、と思っていた私はその時少年が非常に驚いていたことを知らなかった。
「えっ、あ、みょうじさん、ですか!?」
「え、は、はい」
随分と迫力のある質問の仕方に思わず一歩退いてたじろぎながらそう返すと、少年はまたも瞬きを繰り返していた。
「新開さん、でなく福富さんですか…?」
「えっ、はい、福富くんによ、呼ばれたので…?」
突然神妙そうな面持ちに変わったかと思えば、何故かそこで新開くんの名前が出てきた。思わずびくりと方を震わせてしまったのに目の前の少年が気付かなければいいのだが、そう思いながら伺うように少年を見返した時、私はとあることに気付いた。
ーーー凄く、綺麗な筋肉。
部室にある胸像、とまでは行かなくても綺麗に均整の取れた胸筋や腹筋。どくん、どくん。鼓動がやけに耳についた。この時、すぐに気付いたのだけれど、私はすごく高揚していた。
目の前の男の子の両手をがしっと掴んでしまった上に、背後にやって来ていた箱根学園自転車競技部の三年生の皆さんに気付かない程に…高揚、していた。
「あ、あの!わたしと!付き合ってくれませんか…!!!」
「えっ?」
だから、そんなことを突然叫んでしまったのもこの時の私にとっては仕方のないことだと思うのだ。