中学三年の時、絵画の全国コンクールで一番上の賞を獲った。当時の内閣総理大臣賞、というやつであった。私が描いたのは家族で遠出した時に見た沖縄の海であった。地元とは違う、透き通った海の色は一瞬で私の心を惹いた。その美しい光景を私なりに、描いてみたい。純粋にそう思った。
家族の旅行から帰ってきた私は、瞼の裏に焼き付いて離れないその風景を描き始めた。中学の美術部ははっきり言って皆美術系の仕事に就きたい、とかそういう理由ではなく、楽そうだから入った、そういう人が多かった。そのせいか、皆お喋りばかりで筆を握っているのは私だけであった。珍しい、どうしたの、と声をかけてくる部員達に私は曖昧に笑みを返していた。確かに、私も二年間お喋りばかりのダメ部員であったから、旅行先で変なものでも食べたのかな、なんていう部員の焦り混じりの声にそうかもしれないなあ、と思った。きっと私は人生の分岐点とでも言う奴を食べてしまったんだ。この頃、まだ絵を描き始めたばかりなのに、何かが変わる予感がしていて…そう思ったのだ。学校の部活中は皆のお喋りをBGMに絵を描いて、家では自分の好きなアーティストのCDを流しながら絵を描いた。一筆毎に、自分の瞼の裏に刻まれたあの風景に近付いて行くのが堪らなく嬉しかった。
そうして仕上がった絵に、私は満足した。ふう、と息を吐いた時、普段漫画の話やらアニメの話やらで盛り上がっている声が、ぴたりと止んでいるのに気づいた。部員達は殆どがヲタクというやつで、みんな漫画部がないから、と入ってきたり何もしなくてもいいから、と高校への内申の為に入る人が大半だ。私だって最初は楽そうだから、とこの部活に入った。言ってしまえば、専門的な絵の知識なんて学校の授業程度しかない。そんな私達がいる部室に、独特の絵の具の匂いが充満して、絶えることのなかった各々の話し声を今は静寂が支配していた。え、という私の風に吹かれれば飛んでしまいそうな小さな呟きすらその場ではまるで叫び声のような大きさに聞こえた。その直後、やって来た顧問の先生は私のキャンバスを見て、手に持っていた資料を全て床にぶち撒けた。
「お、おいみょうじそれは…」
いつもは入ってきた途端に部員とのお喋りに興じる顧問の金田先生が落とした資料に目もくれず、私の目の前にまでやってきて、私の描いた海を見ていた。
「お前…これ…」
沖縄の海です。そう答えようとした私に気付かなかったのか、金田先生ははっとしたように踵を返すと落とした資料をがさごそと漁り、一枚のチラシを掲げた。
「これ!これに!出そう!!」
それこそが、私の分岐点であった。
―――
「いはい!!!いはいひょまひひゃん!!!」
「あのタイミングで告らない方が悪い」
「あのタイミングで告れる人中々いないよ…!!!」
階段での出来事があった後、無事私たちは選択授業の教室に間に合って授業を受けた。後は帰るだけだねマキちゃん!と授業が終わった瞬間にマキちゃんの席の前の椅子に座れば、ぐにぃっ、とマキちゃんが私の頬を摘まんできたのだ。痛い!と頻りに言う私をガン無視して、マキちゃんは眉根を寄せて低い声で呟いていたのだが、漸くその手を離してくれた。
「……そうだ、決めた」
「えっなに」
ひりひり痛む頬を摩っていると、マキちゃんが不吉な笑みと共にそう呟いた。嫌な予感しかしないよマキちゃん、そう返そうとした瞬間に
「あんた、わっちに告りなよ」
「…マキちゃんの頭がおかしくなった」
わっち、とはマキちゃんの彼氏である。正直自転車競技部が強すぎてあまり取り上げられないが、箱根学園は一応全ての運動部が強豪と呼ばれている。わっちは全国クラスと呼ばれている箱根学園サッカー部のエースストライカーである凄い人なのだ。実は割と顔もかっこいいという分類に入るらしく、自転車競技部の東堂くん…とまでは行かないが人気があるらしい。そしてもう一度言っておくが、マキちゃんの彼氏である。
「いーから、中庭に…そうだ、昼休み。明後日告白してきな。呼び出すのは…うん、明日の昼休み。頑張れ!」
「ツッコミが追いつかないよマキちゃん!!!」