「はい、私の勝ち」
「ッ〜!?!もう一回!」

それは無しって話だったでしょ、手札のトランプを机の上に置いて、呆れたように目の前の彼女はそう言った。たしかに、ズルは無いように、と二人で勝負をする前に再戦は無しだと取り決めていた。でも、だからって、

「この罰ゲームは厳しいよ…」

ぺらり、捲った名刺ほどの大きさに切られた紙には“好きな人に告白する”と、緑色のマーカーでしっかりと書かれている。…これは、うじうじしている私に友人であるマキちゃんが背中を押すべくと企画した賭けであった。トランプで、ババ抜き。その前にくじ引きを作成して引いておく。勝ち負けに後からは何も言いっこなし。確かにそう決めたのだ。

「こ、こ、告白って…無理だよ…」
「無理だからこうやってゲームにしたんでしょ…あ、もう休み時間終わるよ」

取り敢えずそれはまた話すとしてとっとと行くよ、マキちゃんはそう私に言うと、未だ私が握り締めたままのトランプをひょいと取り上げると、手早くそれを片付け始めてしまった。…こうなると、マキちゃんは話をもう既にやめているという認識なので再度何か言っても聞き入れては貰えないのだ。仕方なく、マキちゃんの片付けが終わるのを待ち、スマートフォンで時間を確認しながら廊下に二人で飛び出した。

「告白…告白…?」
「告白。誰にするかはわかってるでしょ?」
「で、でも…マキちゃ…ッ!?」

ぐらり、隣で歩いていたはずのマキちゃんが何故か遠退いて見えて、手を伸ばしても届かない。ふわりと後ろから風を受けて、視界の端に私の少し痛んで明るくなってしまった髪の毛が映り込む。ああそっか、階段を踏み外しちゃったのか。そう認識した瞬間に、もうすぐ自分に襲い掛かる衝撃に恐れを抱く。運動なんて、全然得意じゃないから、受け身なんで取れやしない。こういう時文化系は不利だよなあ、なんてどうでもいいことを考えるくらいの余裕があったけれど、何と無くもう地面が近いんだろうな、そう感じて痛みに耐えるべく、ぎゅっ、と目を瞑った。

「危ねえっ…!」

どすん、というよりも、ぼすん。そんな音を身体に感じた。しかも想定よりかなり痛みがなかったので、一体なんだろうかとゆっくりと目を開けてみれば。

「しっ、しし、しんか、いくん…!?!」
「あ、とみょうじ大丈夫…か?」

視界いっぱいに広がる、新開くんの顔。ぽってりとした肉厚の唇に、アイスブルーの綺麗な瞳を縁取る赤茶の睫毛に、同じ色のふわふわとした前髪が乱れてしまった為に見える整えられた柳眉。…兎に角、その綺麗なお顔が私の鼻先に触れるかという程の近さにあったのだ。

「〜ッ!?!ご、ごごっ、ご、ごめんなさい!」

がばり、と慌てて起き上がると新開くんは気にしなくていいぜ、と小さく笑った。しかし、私の頭には一つの心配が駆け巡っていた。王者箱根学園、自転車競技部のレギュラー。その冠を戴く彼が、インターハイに向けて練習をするこの時期に私のせいで怪我をしてしまえば…想像するだけで恐ろしくなった。今はまだ4月、クラスが変わってまだ数週間も経っていない、とは言えど、一日ですら王者である彼等には大切にせねばならないであろう。私は新開くんの身体の上からすぐに退くと、上半身を起こした彼の片手を両手で包み込んだ。

「だ、だだだ、大丈夫!?新開くん怪我はない!?!た、大切な時期なのに本当にごめんね…!!」

ぎゅう、と無意識に握ったその手はごつごつと骨張っていて、男と女の差というものをリアルに感じてしまう。…感じてしまう?

「おわわっ!?ご、ごめんね勝手に握っちゃって…!!」
「あ、い、いや…」
「なまえ」

とんとん、と背後で階段を降りる足音が聞こえて、随分と落ち着いた声色のマキちゃんに声を掛けられる。マキちゃん、と振り返りながら声を上げれば、「オイ新開、早くしろヨ」と今度はその反対から低い声が上がる。その荒い言葉遣いと鋭い目つきは、自転車競技部の、荒北くんであった。少し距離があるとはいえ、纏うオーラはやはり怖いもので、私はマキちゃんのスカートをゆるく握った。

「あ、ああ、悪いな靖友」
「なまえ、私達も間に合わなくなるよ」
「え、あ、うん!ほ、本当にごめんね、有難う新開くん!」
「いやこちらこそ」

イライラした様子の荒北くんを横目に、新開くんは立ち上がるとポケットから何かお菓子のようなものを取り出して口に含み始めた。じゃあ、と声を掛けられて、新開くんは荒北くんと歩いて行ってしまった。線は細いのに、逞しいその背中をじっと見送っていれば、隣のマキちゃんがふうと溜息を一つ吐いた。

「…告白しちゃえば良かったのに」
「…無理に決まってるでしょ…」

改めて…こんなタイミングでとは思わなかったけれど彼の姿を見ると、やはり私とは遠い場所にいるんだろうな、と思ってしまう。人気者で、カッコよくて…とても、素敵な人。…私の、好きな人。届かない恋だと知っていても、どうしても焦がれてしまう私が悲しい。ぎゅう、と痛む胸を抑えて、私はマキちゃんと共に教室に向かった。

ーーー

スタスタと荒北が歩く横を歩いていた新開が、突然膝を折って床へと沈み込んだ。荒北はそれに気付かず二歩進んだ後に、ピタリと足を止めた。

「おい、ニヤけてんゾ」
「……」
「…聞けヨ…」
「…駄目だ、幸せすぎる」
「…ソォかヨ」

ちらり、荒北を見上げた新開の頬は、赤く染まっていた。
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