時が経つのは早いもので、箱根学園自転車競技部おまけで美術部の合宿当日を迎えた。私のような寮生組は通いの人たちよりも集合場所である学校に近いため、ある程度は集まるために起きる時間が遅いとは言えど、いつもいつも夜型生活をしている私には少しばかり苦痛であった。女子力とは、と揶揄されるかもしれないが、私はいつも朝八時起床、机の上に前日に用意しておいた菓子パンを手に取って鏡の前に立ち、ある程度整えてそのまま寮を飛び出して学校へ向かっている。好きな人がいるのにそれはなんだ、と言われそうだけれどそこは抜かりなく、自転車部の朝練が終わるまでにはしっかりと学校で姿を整えているので問題ない。…と、まあそれはいいとして、兎に角今日は集合時間が七時、という鬼のような早さであったので、ちょっと挫けそうだった。いつもならギリギリに起きてそのまま向かう、というのが出来るけれど今回は新開くんがいるからそれも出来ないので、五時半に起きた。現在、部屋を出る五分前。正直寝惚け眼であることは否めない。寝る前に手荷物の確認をして、今もしている最中ではあるけれどこれなら抜けがあってもわかりはしないなあ、と思ってしまう。まあ最悪、借りれるものなら借りればいいか、なんて。
ほわあ、と口から欠伸を漏らしながらゆったりとした足取りで集合場所へ向かえば、そこには大型バスが三台と美術部の子の小さな集団とその横に自転車競技部の大きな集団が出来ていた。自転車競技部が大所帯であることはわかっていたけれど、その壮観な様に私はひくりと口を引き攣らせながらそそくさと美術部の集団へと駆け寄った。
「皆おはよ〜」
「なまえおはよ〜」
「おはようございます!」
わあ、怖い。なんて言えはしないが内心そう思った。皆が皆目の下に隈を作っている状況なんて怖い以外の何物でもないだろう。ひい、と恐れる心を叱咤して「み、皆どうしたの…ね、眠そうだね?」と遠回しに笑いながら言ってみれば、皆が口々に「緊張して眠れなかった」と言うもので、思わず笑ってしまいそうになった。
「自転車部の人なんてそうそう近くにいれないし…」
「ほぼ貫徹です…」
「あっ、ハハハ…」
何も言えずに乾いた笑いを返したものの、私だって緊張して眠れなかったと言うのは何故か憚られた。暫くすると、時間内に美術部は全員揃った。のだが、集合時間となっても未だに自転車部には動きがなく、一体なんだろうか、とちらりと杉ちゃんに視線を寄越せば「遅刻魔さんが来てないんだって」とへらりとした笑顔と共に返された。
「へえ、自転車部にもそういう人いるんだね」
「しかも一年生らしいですよ!」
「確か志織と同じクラスだよね?」
「えっ、そうなの?」
ていうか、三原さん今ここに居なかったよね?と思いながら私と会話していた子が見ていた方を追従すれば困ったように笑う三原さんがそこに立っていた。一体いつからそこに、と出そうになった言葉を飲み込んで私はなんとか笑顔を浮かべた。にっこり、彼女もそんな私に花が咲き誇る瞬間を間近で目撃したようにも感じる美しい笑顔を返してくれた。
「お早う三原さん」
「お早う御座います、先輩。真波くんのことですよね?」
きらり、まるで光っているような錯覚をも受ける笑顔を見て私は随分と力のない笑みを浮かべた。徹夜明けのところに懐中電灯を向けられたような、そんな気分だ。
「同じクラスなんですけどね、山が呼んでるだかなんだか言って学校毎回って言って良い程遅刻するんですよ、彼」
「…ウワァー」
「そういうハッキリしたドン引きやめよ!?」
わかりやすい皆の引き具合に私は思わず笑みを浮かべてしまう。確かに話だけ聞いていると随分とアレだなあ、と思ってしまうような人である。実際にまだ会ったことはないからなんとも言えないが、福富君をきっと手を焼いているんじゃなかろうかと彼が困る姿が容易に想像出来た。
「真波!お前はまた…!!!」
「あはは〜スミマセン〜」
よく通る東堂君の男子高校生にしては高めの声に反応してそちらを向けば、怒ったような東堂君の側に心から謝っているという様子には見られない、苦笑を浮かべて余った手で頭部を掻いている男の子がいた。きっと彼が真波君、だろう。予想よりも何と言うか失礼かもしれないというか失礼だけど、綺麗な人だなあという印象を受けた。
さっさと乗れ!という東堂君に背中を押されてバスに乗り込んだ件の真波君をぼーっと見ていると、そんな私達の後ろから「それじゃあ美術部も出発しますよ〜」と、覇気のない杉ちゃんの声が耳に届いた。