新開隼人は珍しくその日、練習に集中出来ずにいた。というのも、彼女の存在が視界の隅にやたらとチラつく上に、彼女の視線の先は自らではない対象を常に映していたからであった。

「泉田くん…やっぱり今度デッサン付き合ってくれない…?」
「えっ!?い、いや…そ、それは…」
「みょうじ、泉田が困っているぞ」

ローラーの上でペダルを回しながら、新開はちらりとその様子を盗み見た。何時ものようにダンベルを持ち上げている泉田の目の前に、何時もと違って美術部のみょうじとキャプテンである福富がその様子を眺めていた。みょうじはというと、瞳をキラキラと輝かせており、新開としてはあまり面白いものではない。…のだが、余りにも見過ぎていたせいであろうか、みょうじの視線が泉田から外れて、ぱちり、と視線が絡み合った。

本当に一瞬の出来事、であった。みょうじは目が合った途端に目を見開いたかと思えば福富の方へと思いきり顔を向け「ご、ごめん今日はこれでお暇します!」と一礼したかと思えばそのままの勢いで自転車部を飛び出して行ったのであった。

「話せなくて残念だったな、新開」
「……」

ぽん、少しだけ哀れみを瞳に乗せた東堂が新開の肩を叩くものの、新開からの言葉はない。一体どうした、と東堂が新開を覗き込むと、その表情は目を見開いておりまるで林檎の様に赤くなっていた。これが青春か、と東堂は人知れず一つ頷いた。



―――


ドタバタガタン、そんな擬音を纏って慌ただしく部室に入ってきたなまえに、なんだなんだ、と美術部員の奇異の目が集まった。…のだが、なまえはそんな目に気付いていないのか、ぺたりと扉の前で座り込み、自分の両手で自分の頬をまるで隠すかのように包んだ。

「びっ、くりした!」

突然の大きな声に、部室にいた部員達の肩が跳ねた。…だが、相変わらずなまえはそれに気付かずにはあ、と一つ溜息を吐いた。そんななまえの目の前に、白くて、触れれば折れてしまうと錯覚してしまう程の、しかし柔らかさを持っている華奢な手が差し出された。

「先輩、手貸しますよ」
「あ!あ、ありがとう…!」

なまえはその手に柔らかに触れ、漸く立ち上がった。「ありがとう」もう一度そう言ったなまえにやんわりとその女の子は微笑んだ。笑顔になった途端に古典的ではあるが、周りに花が咲いたかのように雰囲気が明るくなったような気がする、美しい笑顔であった。緩やかにウェーブのかかった焦げ茶色の艶やかな髪は胸元までに伸びていた。

「先輩、何かあったんですか?」
「え、い、いや別に何でもないよ!」

きょとん、と目を丸くした美しい少女に見つめられて、なまえは誤魔化すように笑ってから彼女の横をすり抜けた。彼女の名前は三原志織という。実のところ、なまえは彼女があまり得意ではなかった。美しい容貌を持ちながら、尊敬されるというのは女として随分と複雑な心持ちであった。とはいえ、大切な後輩だと思っていたことも事実である。ただなにか、なにか直感的に好きではなかったのであった。そして、彼女、三原志織の存在はなまえにとってのある事件を引き起こすこととなるのを、なまえは未だ知らない。



「…先輩、」

ぽつり、と形の整った美しい唇が囁いたその響きは、どこか愛おしい響きを含んでいた。

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