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仁王とさっぱりした彼女
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べとり、身体に張り付く衣服を気持ちが悪いと思ったのは小学生の時に学校の行事として行われた着衣泳以来だ。あれも中々に面白い授業であったと記憶に残っている…と、話が逸れるのでそのくらいにしておこう。わたしがどうして着衣泳の気分を味わっているのか、これは端的に言うとイジメの所為だと言わざるを得ない。人間の業は深い、とかまあそんな格好のいいことは言うつもりではない。所謂醜い女の嫉妬というものの、最終形態を見ただけである。というのも、私の彼氏こと仁王雅治君が私の通う立海大付属中学の人気者…いや、寧ろアイドル?みたいなもんだからなのである。あの男の何処が良いんだと正直胸倉を掴んで問い質したい気持ちもあるのだが、それはイコール私が自分で趣味が悪いと晒すようなものなので未だに実行できていない。ぽたっ、と一応女の子なので手入れはしている髪の毛から垂れた雫で漸くハッ、と意識を戻す。裏庭でびしょ濡れで突っ立っている女の亡霊がいる、だとか噂になったらシャレにならない。土が制服につかないように立ち上がり、水の染み込んだシャツの端をを軽く絞る。
「あ〜、めっちゃムカつく…あいつのファンは碌な奴いないわマジで。これも全部仁王のせい」
「…俺のせいにされても困るなり」
「出たわ教祖様」
こんにちは、と背後に立つ男に白々しく話し掛ければ、その男…仁王雅治君は一瞬苦々しい表情を浮かべたのちに、すぐに真顔に戻って一言「プリッ」と呟いた。何時ものことだけど、こいつの部活のサボり具合は半端じゃないらしく、テニス部部長である幸村君が度々私に愚痴ってくる。その点に関してもいつか説教せねばならないなあと思いながらも、未だに実現出来ていない。なにより真面目な話、あんな完璧人間が私に対して愚痴をしているという事実がなんだかとても嬉しいのである。まあこれは、誰にも秘密なんだけど。
「見てたんなら助けてくれてもよかったんじゃない?」
「…さあて何のことだかわからんのう」
ぷいっ、と私の言葉に否定を示すかのようにそっぽを向いた仁王雅治くん。オイオイ君、ファンならそれで騙されるかもしれないけどかれこれ中学一年生からお付き合いしている私がそれで騙されると思っているのか。
その時、私は訝しげに仁王を眺めていたのだが、そっぽを向いた仁王の耳がトマトのように赤くなっているのに気が付いた。そうとなればこれは、とにやり、きっと他人から見たらいやらしく見えるであろう満面の笑みを浮かべた。
「…なんで笑っとるんじゃ」
「ええ〜?いんや別に〜?」
ニヤニヤと笑いながら横目で訝しげに私を眺めてくる仁王に向けて「いや〜今日は涼しいねえ〜」なんて白々しく呟きながら水に濡れて透けまくっているワイシャツの胸元を摘まんで視線がそこに行くように誘導すれば、仁王はギョッとした様に目を剥いた。かと思えば先程と同じ様に私から視線を逸らすと、今度は頬まで赤くさせ始めた。
「ウブか」
「…黙りんしゃい」
ガバッと目の前で何かが私の目を覆ったかと思えば、私の身体に二本の腕が巻き付いて引き寄せられた。とん、と両手が当たったのはきっと仁王の胸元なのであろう。仁王が何も言わないのをいいことに、背中に回した手を緩やかに滑らせて腕を触ってみれば、感じるのは素肌の感覚。いつの間にやらジャージを脱いでいたようだ。ということは、今私を覆うこれは仁王が先程まで着ていたジャージなのであろう。ぐりぐり、と肩に押し付けられる仁王の頭をゆっくり撫でてあげれば、仁王は安心したかのように溜息を吐いた。大方、私が水を被る瞬間に居合わせたものの、私のスッケスケな格好にどうしたらいいのかわからなかったのだろう。アイドルとか言われている割に、スマートなことが出来ないのはやっぱり中学生なのだなあと素直に感じる。
「…素直に貸せばいいのに」
「………ピヨッ」
あとこういう、本音を言おうとしないところも実に中学生だなあ、と愛しく感じたりもする。