カフェのひと時

「それじゃぁ、行ってくるね」
玄関先でつま先を鳴らしながら後ろを振り向くと清光と鶴丸が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「いい?ちゃんと現世の常識守ってね!?」
「昨日からみっちり教えたから大丈夫だとは思うが…くれぐれも面倒ごとは起こさないでくれよ」
現世のカフェで知り合いとお茶をする。
たったそれだけの事が初期刀と、面倒見の良い白い太刀はよっぽど心配らしい。
「分かってるよ。…心配しないでー」
いってきます。
そう言い残しゲートを潜る途中、背後から「心配するなっていうほうが無理だからー!」という清光の叫び声が聞こえた。

カフェのひと時





「先日はお世話になりました。真澄さんが駆けつけてくれたおかげで、失った刀は一振りもありませんでした…。本当に、ありがとう」
「いえいえいえ!そんな!」

現世の休日にて。カフェの一角で雫遙は深々と頭を下げた。
先日の本丸襲撃時にいち早く救援に来てくれたお陰で刀が折れる事が無かった。
雫遙の目の前に座る少女には感謝してもしたりない。
そんな雫遙は、頭を上げてください!と言われ、そろりと頭を上げた。

「本当にありがとう…。霊力まで貸して頂いて…。身体はもう?」
「全然大丈夫ですよ!暫くは過保護が続きましたけど。…それより、今日はこうやってお話できて嬉しいです」
「私もですよ。…私、現世に来たのって本当に久しぶり…というか久しぶりどころの話じゃないのでとても今日を楽しみにしてたんです。本丸を出てくる時も鶴丸や清光に“ちゃんと常識守ってね”って言われちゃって」

あははは、と雫遙が笑えば目の前の彼女は意外に感じたように身を乗り出してきた。
その反動でテーブルに置いてあったアイスコーヒーがカラン、と音を立てる。

「ひ、久しぶりどころじゃない…!?」
「はい!」

にっこり

本丸でも天然ボケスマイルと名付けられた爽やかすぎる雫遙の笑み。

「雫遙さんが“常識守って”って言われるんですか!?」
「言われますよ?…こないだもつい万屋で小判使い果たしちゃって清光に凄く怒られたなぁ」

正座で一日中説教を食らった記憶はまだ新しい。
雫遙の話に表情をコロコロと変える真澄の様子が可笑しくて、つい雫遙もつられて笑ってしまう。

「い、意外だ…」
「そうですか?」
「とっても」
「ふふふっ。…私、物心ついた時にはもう本丸にいて…。本丸から出ると言っても、今まで演練くらいでしたから」

強すぎる霊力故に親に捨てられ、付喪神達に育てられてきた。
そんな雫遙が知っているのは本丸と、それに関連する政府の施設程度。

「だから、今日は真澄さんとのお話を思う存分、楽しみたいなぁって」
「勿論です!」
「それに、真澄さんのこと、真澄さんの仲間達のこと…。沢山、沢山知りたいです」
「あたしも」

初めて演練であったときはまだ、どこか初々しい雰囲気を漂わせていたように感じた少女。しかし顔を合わせるたびにその初々しさは消えていき、今では1人の“審神者”としての威厳を纏っている。
そんな彼女の本丸ではどんな日常が送られているのか。
彼女達が大切にしているものとは何か。
そんな話をしてみたい。
ただ、純粋にそんなことを思う。
…そしてやはり女性同士ならば“恋話”も。

「ドリンク一杯じゃ足りないかもしれないですね」
「本当に。」

お互い顔を見合わせてクスクスと笑う。
ごく普通の女の子みたいな、ゆったりとした時間。
そんな時間を共有できることが何よりも嬉しい。

「そうだ。今度は是非うちの本丸に遊びに来てくださいね。あれから復旧も終わって元どおりになったので」
「だいぶ酷かったですもんね」
「部屋も廊下もぐっちゃぐちゃで…。軽く本丸を建て直すレベルでの大掃除でしたよ」
「うわー…」

ほぼ全壊状態となった本丸を建て直すのはかなりの労働ではあったが悪いことばかりでは無い。
建て直しに当たってそれぞれの部屋の間取りや構造を刀剣男士達の要望に近づけたり、新しい部屋を作ったり…。
更に快適な環境に作り直すことができた。
…役一振り、真っ白な衣の付喪神が何やら仕込んでいた気配だけは心配なのだが。

「皆、真澄さんに会いたがってるみたいなので…。その時は是非相手をしてあげてください!」

ピンクのフリフリエプロンを装備した光忠率いる台所係がとっておきのご馳走を作ってくれるだろう。
そういえば襲撃の時も光忠はご飯を作っていたためフリフリエプロンを着たまま、戦闘に参加したのだっけ。

そんな事を話せば目の前の少女は尚も可笑しそうに吹き出した。

常に戦という張り詰めた空気を過ごす審神者の2人にとっては貴重な和やかな時間。
そんな空気を壊すかのように突如、背後から話しかけられた。

「お姉さん達、2人だけ〜?女の子だけだと寂しくない?俺たちと一緒にどうー?」

見るからにチャラい。
その一言に尽きる若者が2人。ニヤニヤと雫遙達を品定めするかのような視線を寄越す。

「うわぁ…今時ナンパとか…。現世はよっぽどの平和…」
「お生憎様、此方には不要なお誘いですので。どうぞお引き取り下さい」

雫遙が若者達へ視線を一切寄こさずに言葉を放つ。

「えぇ?お姉さん、なんて?」

「うわっ!やめ…っ」

若者の1人が真澄の腕を掴む。

「ねぇ、いいじゃん。俺たちと遊ぼ?」
「……はぁ」

その態度をみた雫遙はため息をひとつ零すと立ち上がった。
その様子に手応えを感じたであろう若者達。
雫遙に近い側の若者が雫遙の肩を組んだ。
と、その途端

「《離れなさい》」

雫遙が放った言葉が空気を震わせた。
怒気とかすかな殺気を帯びた声音。
たった一言。そのたった一言を聞いた若者が雫遙から咄嗟に離れる。
周りから見れば、雫遙の声音に怯んで若者が離れた様に見える。しかし実際は雫遙の言霊によって強制的に若者の身体が行動したのだ。もちろん、畏怖という感情も若者は持ち合わせているだろうが。

「《そっちも。…彼女を解放して》ください」
真澄の腕を掴んでいた若者も手を離す。
「ひぃ…!」

魂が感じる畏怖と、勝手に言霊に従う身体。
若者2人はそれらが混じり合う恐怖に小さく悲鳴をあげる。

言霊とは魂に直接揺さぶりかけ、魂の器である身体の行動を強制させたり使役したり…様々な現象を引き起こす術である。
言霊の中で最も簡便的なものは魂の根源である名を使い相手を使役する方法である。そして名を知らぬ場合において有効なことは感情を揺さぶること。故に言霊を使う術者は歌に力を乗せ、対象の魂に働きかけることが多い。雫遙のとある弟子もこの方法ならば言霊を使用する事ができる。
しかし雫遙の場合は名を知らずとも、歌の力を借りずとも相手の魂を揺さぶり作用する力を持つ。感情を揺さぶりにくく、かつ魂にも触れにくい「言葉」の音によって働きかけるのだ。

「…《もうおかえり下さい》。先ほども言ったでしょう。私たちには不要なお誘いであると」

初めて雫遙が若者達と目を合わせる。
その目は先ほどまで真澄と話をしていた時の雰囲気など微塵も残っていない、どこまでも冷たいもの。

「…っ!」

その雫遙の様子に気圧されたように我先にと若者がカフェから出て行くのを見届け、雫遙は静かに腰を下ろした。

「いやー、びっくりしました…!真澄さん、腕、大丈夫ですか?」
「え、あ、あぁ!大丈夫です!あんなひょろっちい奴らなんか、全然!」
「よかった」

ほっと、息をつき雫遙はすっかり緩くなったアイスコーヒーに口をつける。

傾けたグラスの中で、小さくなった氷がぶつかりあって、小さな音を奏でた。





その後もこっちの本丸での付喪神達はどうだとか、最近のちょっとした身の周りの出来事とか、話題はどんどんと盛り上がり。
ふとカフェの窓から外へ視線を移した時には空が黄金色に染まっていた。

「あらー、もうこんなに時間が」
「うわ、気づかないもんですね」

端末で時間を確認すればそれなりの時間で、お互いの本丸ではそろそろ夕飯の支度がされているかもと、カフェの席を立つ。

「今日はありがとうございました。…真澄さんと沢山お話できて本当に楽しかった。それに久しぶりに現世にも来れたし」
「あたしもです」
「また、お会いできる日を楽しみにしています」

それじゃあ、とお互いに言葉を交わしそれぞれの帰途へとつく。

「《貴女とその周りの付喪神達に、幸多からんことを》」

真澄の段々と離れていく背中を見つめていた雫遙はポツリ、と言葉を零し、彼女の本丸へとつながるゲートをくぐった。




もしかしたら「友達」と呼べる関係になるかもしれない。そう1人胸を躍らせながら帰った雫遙を待ち受けていたのは玄関前で仁王立ちする清光と鶴丸、そしてお目付役の薬研であった。
案の定、現世で言霊を使ったことを感じ取った三振りにたっぷりお説教された雫遙がクタクタになって布団へ倒れこんだのは現世の日付が変わった後だった。



(…暖かい思い出が、また増えていく)


カフェのひと時

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