―南方面―

「いやあ、見事に荒れてるねえ」
「のんきに言っている場合ではないぞ兄者」

砂利の上を歩きながら、兄弟は周囲を見渡す。本来は、刀剣男士たちが穏やかに過ごしているのだろうが、こうまで荒れてしまってはすぐの復活も難しそうだ。
敵が好き勝手暴れたのだろうか、破れた障子や破壊された廊下、斬りつけられた柱に、地面にはいくつもの血痕が見て取れる。
それを眺めながら、いつもと変わらぬ調子で言ってのける髭切に、膝丸はただただ溜息をつくしかなかった。
主から、こちらも二人一組となって行動するよう言われたのだが、髭切の相方が自分で良かったと思う。
もし他の刀に任せていたのなら、自分以上に扱いに困り果てて振り回されていたかもしれない。
考えるだけでじんわり胃が痛んだ気がして、膝丸は思考を諦めた。

敵を警戒しつつ足を進めて行く。やけに静かなのが逆に不気味だった。
刀剣男士の姿も見つけられなければ、敵の姿も見つけられない。
もしかしたら、自分たちの救援先は既に戦いが終わっているのかもしれない。そう考えていた矢先、血と硝煙の臭いだけが立ちこめているだけの空間に、濃密な瘴気の塊が出現したのを感じ取った。
顕現してからというもの、何度も味わって来たその感覚は、敵の出現を現すものだ。

「行こうか、……ええと」
「〜〜〜っ、膝丸だ兄者ぁ!!」
「そうだ膝丸だ、あはは」

ゆるりとした空気を放ちながら駆け出す兄の背を、膝丸も苦い顔をしながら追いかけるのだった。



……
和泉守は舌打ちを一つ零した。背中合わせに立つ三日月も、今回ばかりは笑っている余裕はなさそうだ。
ようやく全て敵を倒したかと思えば、休む間もなく次が来た。いい加減うんざりするというものだ。
幸い互いに目立った傷は無い。が、こうも立て続けに戦闘を行っては疲労も溜まる。
体力を削らせ動きを鈍らせる、という敵の策にまんまとはまってしまったような気もするが、だからといってここを退くわけにもいかない。

「主が言うには援軍が来てんだ、それまでこらえろよ!」
「あいわかった。まあ折れない程度にやるとしようか」

先ほど主から聞いた言葉を信じて、もう一度刀を持つ手に力を入れる。
敵の数は――五体。一人あたり最低でも二体は倒して、あとの一体は早い者勝ちだ。
両者睨み合う中、刀剣男士は駆け出した。

和泉守が敵短刀を仕留める。次いで三日月も薙刀を斬り捨てると、続けざまに脇差に斬りかかった。
残りは二体。それらは同時に和泉守を狙って刃を鈍く光らせた。

「っくそ」

打刀の一撃をなんとか刀で受け流してしのぐ。が、体勢を直す隙を与えず、槍が和泉守の腹をかすめた。
刃が触れた部分が熱く痛み、たまらず膝をついてしまう。
もちろんそれを敵が見逃すはずもない。頭上からまっすぐに振り下ろされた槍を間一髪で転がって躱すと、傷がさらに開いたのか強い痛みが和泉守を襲った。
ぼたぼたと血が流れ出す腹を忌々しげに睨んで、転がった勢いをそのままに、和泉守は立ち上がろうと足に力を込めた。

「! 和泉守、避けろ!」
「ああほら、ちゃんと避けなきゃ――」

そんな二つの声が聞こえると同時に、頭すれすれを白い光が過ぎ去る。
一瞬のちに、目の前に立っていた槍の胴体がばっさりと分断されて、ずるりと半身がずれていく。

「間違えて君まで斬っちゃうかも」

赤い飛沫が舞う中、敵の背後から見えた人影がそう告げながら微笑んだ。

ぞっとする。もしあそこで、声につられて反応が遅れていなければ、自分の首もあの敵槍の胴体と一緒に斬られていたかもしれない。
へたりとその場に尻餅をつけば、先ほど敵を斬り捨てた男は残された敵槍の下半身を邪魔そうに蹴っ飛ばした。

「うーん、これで終わりかな? ひ……ええと、何だっけ……弟は終わった?」
「終わったぞ。あと、名前は先ほども言っただろう、頼むから忘れないでくれ」

座り込んだまま振り向けば、和泉守が取り逃した打刀が地に伏していた。その横で薄緑の髪の男が三日月を支えるように立っている。
三日月もなんとか無事に乗り切ったらしい、と安堵していれば、視界の端で手を差し出されている事に気がついた。

「お疲れさま。手を貸そうか?」
「いらねえよ。大体、何だテメェら!」
「これ、落ち着け和泉守。……お前達は他の本丸の刀剣と見受けるが、救援に来た部隊で相違ないか?」

三日月の問いに、彼らは頷く。

「うむ。主より、この本丸の救援をせよとの命を受けた膝丸だ。こっちが兄者――髭切だ」
「よろしくね。にしても、ボロボロだねえ。こんなになってちゃ戦い辛いだろうに」
「はっはっは、若いのが頑張っているからには、じじいもぼんやりしてられんからなあ。多少の無理はするさ」
「僕らが来たから、ちょっとくらい休んでてもいいよ? 多分すぐに終わるからさ」

独特の雰囲気をもつ三日月と髭切の会話は、まるでここがいつもの本丸のような口調で交わされている。
突然茶菓子と共に湯呑みを手渡されても、違和感を感じずすんなり応じてしまいそうだ。

「あいつらの会話、なーんか力抜けるんだよな……」
「分かる、分かるぞ。はっ、まさか兄者、ここが戦場だということを忘れているのか!?」

平安の刀というのは、どこかずれているのかもしれない。
世話が焼ける、と珍しく和泉守が思案していれば、ぞわりと肌が粟立つ感覚に襲われた。
ノイズと共に、空間が歪む。それは四人の退路を塞ぐようにして地に降りると、揃って抜刀した。
敵の数は六。太刀が三振りと、短刀、大太刀、打刀が一振りずつ。
それを見て焦燥の色を浮かべる三日月と和泉守だったが、対して源氏の二振りは動じず、むしろ楽しそうにさえ見えた。

「ありゃ、新しいのが来たみたいだよ」
「仕方ない、片付けるぞ兄者。二人はそこで休んでいろ」

口調こそ「仕方ない」と言いたげなものだったが、声音は違う。
証拠に、二振りの琥珀色の瞳は獲物を見つけた獣のように爛々と輝いていた。

刀を構え、息を吸う。

「やあやあ、我こそは源氏の重宝――」

髭切と膝丸のよく通る声が、威圧するように響く。ピリ、と空気の温度が下がった気がした。

「髭切なり!」
「膝丸なり!」

吠えるような二つの声が重なり、空気を振るわせる。
一瞬強く踏み込んだかと思えば、白と黒に包まれた体は弾かれるように敵の懐に潜り込んでいた。
敵の群れ、その前線にいた敵太刀が二振り、声もあげずに崩れ落ちる。完全に地面に倒れふす頃には、すでに髭切たちの姿は無かった。

「よそ見なんて、しない方がいいよ」

敵の耳にその言葉が届いた時には、すでにまた一体が血を流しながら倒れていた。
にこりと、屍の傍に立ちながら微笑む髭切の姿は、敵にはどのように映っているのだろうか。
刀についた血を払いながら、彼はさらに笑みを深くする。

「さて、これで残るは半分だね」

早くも仕留められた三振りの太刀は、二度と動くこともなく転がっている。
残された敵刀たちは、己を奮い立たせるかのように吠えながら、二振りに刀を振りかざした。
しかし気付けば大太刀の片腕はごとりと斬られ、地面に投げ出されているではないか。斬り捨てた膝丸は、構わず刀を振るう。
痛みに呻いているのか、それとも怒りに吠えているのか、事態が飲み込めず困惑しているのか。答えは定かではないが、やかましく喚く大太刀の首をはねた。

「敵を前にしておきながら、油断がすぎるぞ」

そう言いながら、死角から迫っていた短刀を蹴り飛ばせば、骨だけの体は簡単に吹っ飛んで地面に叩き付けられた。
残る一振りは、負傷している刀から斬ろうとでも考えたのだろうが、それは敵に弱点をさらけ出しただけにすぎなかった。
胸と腹から突き出る刀は、背中から深く刺されたものだ。

「はい終わり。思ったより早く終わったね」

ぱんぱんと服を払いながら、髭切はぐるりと周囲を見る。
敵の姿も見えず、瘴気も感じられない。ひとまずこの場は凌いだのだろう。

「ああ。これで次はもう無いと思いたいものだが……今のうちに撤退しよう。行けるか?」
「はっはっは、頼もしい味方が出来たものだな、助かった」
「あれくらい、オレなら一人で充分だけどな! ってぇなやめろ、傷口つつくな!」

強がりを言う和泉守の傷を、三日月は指で何度もつつく。素直に礼くらい言え、という意味だろう。
このままでは埒があかないと気付いたのか、渋々ながらも「ありがとよ」と小さい声で言えば、ようやく地味な攻撃から解放された。

「それじゃあ行こうか。君たちの主が、手入れ部屋で今か今かと待ってるはずだから」

主、という単語を聞いて、三日月たちの体にも力が入る。
自分たちを信じて待ってくれている彼女を、早く安心させてやらなければ。
緩みそうになる気を引き締めて、刀剣男士たちはそれぞれの主の元へ歩きだした。



[ 5/8 ]

<< back >>



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -