余計なお世話

刀剣男士の多くが出陣や遠征で出払っている中、真澄は政府からの書類とひたすら見つめ合っていた。
うんうんと唸っていれば、「主」と呼ばれて現実へ引き戻された。

気がつけば、部屋には近侍の燭台切光忠が控えていた。
おそらく自分の集中力が切れた頃合いを見計らって、尋ねてきてくれたのだろう。
予想通り、休憩にしたらどうだい? と提案してきた。

彼は本当に、周りへの配慮が出来る良い奴だと思う。

「っ、あ〜……肩ばきばきだわ」
「お疲れさま。もうそろそろ遠征組も戻ってくる頃だし、お茶でも用意するよ。
 お茶菓子に団子があったよね?」
「団子! そういやこないだ買ったな、みたらし団子。がきんちょ達が喜びそうだなぁ」
「あ、こら。お腹見えてるよ、はしたない」

ぐっと背筋を伸ばしていれば、いつも通りお小言が飛んで来た。
母親よりも口煩いそれにも、だいぶ慣れて来たから順応性の高い生き物というのは便利だ。
それに適当に返事をしながら片付けをしていれば、光忠に再度呼ばれた。

「ずっと気になっていたんだけどさ」
「あ、何?」
「君のそれは、一体何の意味があるのかなって」

何の事かと、真澄はただ目を丸くするしかなかった。
それ、と言われても、何の事だかさっぱりだ。
書類のことかと言えば、違うと首を横に振られた。

「それ? 意味? 分かんないんだけど、もっとはっきり言えよ」
「じゃあ言わせてもらうけどね」

まどろっこしい事は嫌いなので、若干苛立ちながら問いかける。
光忠はいつも通り笑顔を浮かべていたが――それが、なんとなく、冷めたものになった気がした。

「君は何で、わざわざ男みたいに振る舞っているのかな、ってさ」

まったく予想もしていなかった内容に、まぬけな声が出た。

「は……」
「僕には、君が何故髪を短くしているのか、とか。男みたいな口調で、男みたいに振る舞うのか、とか。
 まったく理解が出来ないけど」

こてんと首を傾げて見せる様は、無邪気さすら感じられた。
しかしその目は全てを理解して見透かした上で尋ねているのだと、言葉はなくとも語っていた。

「どう足掻いたって、君は女だ。男にはなれないよ」

ずしり、と。
たった一言が、真澄に重圧をかけてくる。
今まで自分が見ないようにしていたものが、一気に肩にのしかかってくる。
――男になれない?

「んなこと、分かってる」
「そう? なら、良いけど」

にこりと笑って、そう返される。

お茶でも持ってくるよ、と立ち上がって部屋を出て行く光忠の背中を、真澄はきっと睨みつけていた。
ひどくいらつく。あの知った風な口ぶりも、最後に見せた笑い方も。
この苛立ちは間違いなく、図星をさされたからだ。

「あいつは何も知らないくせに」

今自分がこうして髪を短くしているのも、わざと男のように荒っぽく振る舞っているのも、自分を守る為だ。
大事な仲間たちにいらぬ心配をかけたくないが為だ。

自分が普通の女のようにしていれば、きっと彼らはあれやこれやと大切に接してくれるだろう。
だがそれでは駄目だ。
自分は彼らの主であり、仲間であり、家族だ。上下ではなく、対等な関係でありたい。

その為に自分は、守られるだけの存在にならないように、必死になっているのに。

少しでも頼ってもらえるように、どんと構えていようと思っているのに。

何より、守られるだけではきっと、自分はただの腑抜けになってしまいそうなのだ。

「あー、くそ、むかつく」

ぐしゃりと、審神者としての決意と同時に短くなった髪をかきあげながら、真澄は一つ舌打ちをした。




燭台切光忠にとって、あの審神者はただの主ではない。
もっと大切な存在になりつつあった。

いつも彼女を見ていたし、支えてきた。

だから真澄がどうしてあんな振る舞いをしているのか、とか。
どういう事と考えているのかとか。
全て理解した上で、わざと尋ねてみた。

『どう足掻いたって、君は女だ。男にはなれないよ』

そう告げた時、彼女は何とも言えない表情を浮かべていた。

日頃から強くあろうとする彼女の姿は格好いい。実際、自分はそこに惹かれたのだ。
彼女は審神者であろうと努力しているし、腑抜けにもならないようにしゃんと前を向いている。

それでもやはり、彼女には“女”であってほしい。

「男としては、僕があの人を守ってあげたいんだけど。我が侭ってやつかな」

自分で自分を守れるようにだなんて、ならなくて良い。
強くなる必要なんてないのだ。自分たちが彼女を守ればいいのだから。
そしてあわよくば、彼女を一番に守れる存在が、自分であればいい。

彼女が一番信頼を寄せ、想いを寄せてくれるのが、自分であればいい。

なんて。

あの言葉で真澄が考えを改めるだなんてことは、ないのは分かりきっていた。
それでこそ真澄だし、自分の主だ。
これは骨が折れそうだ、と小さく溜息をつきながら、光忠は一人歩みを進めた。

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