鶴丸国永

びりびりと紙を破り捨てる。
胸糞悪い。ふざけやがって。何を考えているんだ。
怒りでぐるぐると渦巻くどす黒い感情を、真澄は紙にぶつける。

"どちらかが相手の息の根を止めなければ脱出は不可能"

そうとだけ書かれた紙を見た瞬間、ぞっとした。

自分達を閉じ込めて、これを指示してきた相手に対する怒り。
淡々と書かれた言葉への嫌悪。
死というものへの恐怖。

一斉に襲って来た感情は、今もぞわぞわと真澄にまとわりついて離れない。

「さぁて、どうする主」
「どうするも何も、従うわけねえだろ。別の方法を探す」
「無理なんじゃないか? こうしてわざわざ条件が出されてるんだ、従うしかないんだろうよ」
「っ、そんな事ない、絶対ある。見つかるはずだ。あたしも鶴も無事にここから出るんだ」

ふざけやがって、と舌打ちしながら、手当たり次第壁を叩いて行く。
もしかしたら、一カ所だけ音が違うかもしれない。一カ所だけ、壁が薄い場所があるかもしれない。
見つけたらそこを壊して逃げ出せばいい。
多少時間はかかるかもしれないが、諦めなければ希望はあるはずだ。
そう願いながら、ドンドンと壁を叩いて行く。

どこかに時計でも隠してあるのだろうか。

自分が壁を叩く音に紛れて、カチコチと秒針が進む音が聞こえてくる。
時間が経過している事がいやでも分かる。自分をせかして、頭の中がだんだん混乱してきた。

どこにも薄い場所なんてなかったら? 制限時間を過ぎてしまったら?
本当に脱出するすべは、相手を殺すしかないのか?

「鶴、なあ鶴、あたしを」
「主」

すぐ後ろで、鶴丸の声が聞こえる。
一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、いつの間にか握らされていた刀の柄を見て、その刃が伸びている先を見て、息が止まった。

真っ白な彼の腹が、じわりと赤い花を咲かせていく。

「驚いたか、ははは……、刀を握らされるなんて思ってなかっただろ。不意をついた甲斐があった」

微笑みながら、ゆっくりと倒れていく鶴丸を、真澄は呆然と眺めていた。
ずるりと鶴丸から外れた刀身が、てらてらと赤く濡れて光る。

真澄の手から刀が落ちて床に転がるのと、壁に扉が出現するのは同時だった。

「つ、る」

呼びかけても、彼の体はぴくりともしなかった。
ただ、赤い着物が赤く染まっていくだけだ。

「まだ、手当てすれば大丈夫だ、大丈夫……刀は折れてない、生きてる、大丈夫、大丈夫」

そうだ、刀はまだ折れていない。きっと鶴丸も生きている。
すぐに本丸に戻って手入れ部屋にいけば間に合うはずだ。

震える体を動かして、鶴丸と一緒に外に出ようと体を持ち上げる。
なんとか肩に腕を回して支えるが――彼の体は自立することはなく、ただぐったりと、その重さを真澄に預けてくるだけだ。
ただでさえ白い肌が、なおさら白く見えた。

ずるりずるりと引きずるように、鶴丸をつれて部屋を出る。
部屋を出れば、同じような真っ白い一本道の廊下が続いているだけだった。
窓も、扉も、何もない白色に、真澄は思わずぐらりと体が揺らいだ。

そのせいで、どさりと鶴丸を投げ出してしまう。
ごろりと転ぶ鶴丸の頬に手をそえて、真澄は震えながら「ごめん」と謝罪を口にした。

「鶴、鶴丸、ごめんな。あたしのせいで、あんたは死んで――……」
「ないんだなこれが!!! はっはっは、俺に二度も驚かされるとは予想してなかっただろ!! みたか俺の演技力!!」
「……へ」

――目の前でキラキラと笑顔を浮かべてはしゃぐ白い生き物はなんだ。
そういえば、倒れていたはずの鶴丸がいない。ああ、目の前にいるのが鶴丸か。
なんだ、生きていたのか。

「……は? え、生きて」
「脱出するためとはいえ、君には悪い事をしたな。おかげで相手もまんまと騙されてくれたみたいだが」
「あたし、刀で腹を」
「刺したな。流石に痛むぜ、これは。早く戻って手入れしてほしいもんだ」

そう言って、鶴丸は傷があるだろう箇所を手で押さえる。
本当に痛んでいるのだろうが、わざといつも通りの口調で茶化す姿に、真澄の涙腺はついに決壊した。

「悪かった、すまん。怖かったな」

本格的に泣き出した真澄を軽く抱き寄せて、鶴丸は背中をさすってやる。
表情を生み出す顔、呼吸をして上下する胸、じんわりと伝わる体温。
それらが真澄に、生きているのだと確認させてくれた。

「ふざけやがって……帰るぞ、馬鹿鳥類。手入れ用の資材全力でぶん投げてやる」
「はははは! お手柔らかに頼むぜ」

いてて、と傷をおさえながら立つ鶴丸に肩を貸してやりながら、真澄はまだ止まらない涙をぐいと拭った。



(鶴丸と審神者は『どちらかが相手の息の根を止めないと出られない部屋』に入ってしまいました。
40分以内に実行してください。)

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