太郎太刀
真っ白な部屋の中にあるのは、一つの湖だった。
無駄に広い、無駄に綺麗な湖だ。
ちゃぷちゃぷと波打つ水面を覗き込めば、そこにはゆったりと泳ぐうなぎがいた。
うなぎ。
そう、うなぎだ。
あの蒲焼きにするととても美味しいあれだ。
湖を前にして、審神者と一振りの大太刀は立ち尽くしていた。
いや、訂正しよう。
真澄は笑いすぎて声も出せない状態で小刻みに震えていたし、太郎太刀は複雑そうな表情で頭を抱えていた。
よくよく見れば二人そろってぐっしょりと水に濡れているし、辺りには数匹のうなぎがびちびちとくねっている。
この状態になった原因は、5分ほど前にある。
――湖でうなぎを5匹捕まえる事。制限時間は10分以内。
そう書かれた紙を見つけ、真澄はこらえきれず吹き出してしまった。
「あはははははは!! 待って、うなぎ……うなぎ、ふっ……ふふ」
「笑い過ぎですよ、主。それにしても、うなぎ……ですか」
笑いすぎて咳き込んでいれば、太郎太刀が背中をさすってくれた。
おかげで少し落ち着きを取り戻せてきたので、どうするかと作戦を練る事にする。
しかし時間はあまりない。
何か一発でどかんといけるような、大きな作戦を考えなければならなかった。
「手で掴む、といっても、そう簡単にはいきそうにないですね」
「んー、釣り竿もなけりゃあバケツみたいなのもない、か。当然網もねぇし……」
一応手分けして部屋を捜索してはみたのだが、使えそうな物は一切見当たらなかった。
と、ここで真澄の視線があるものに止まった。
太郎太刀の手にあるのは、彼の本体である大太刀だ。
これ、使えるんじゃないのか?
「たろさん、たろさんや」
「? はい?」
「ちょいとその刀で水面を、こう、ばしゃーんとしてみようじゃないか」
「ば、ばしゃーん?」
そうそう、と頷けば、上手く伝わらなかったのか首を傾げられた。
仕方がないので、身振り手振りで刀で水面を叩くまねをすると、なんとか理解してもらえたようだ。
「たろさんならいける。真剣必殺の時くらいの力でいけば、うなぎの一匹や二匹打ち上がると思う」
「そう、でしょうか」
「いけるいける! 主を信じて、さあやってみようぜ!!」
「あなたがそう言うのなら、出来るかは分かりませんが」
半ば強引に持ち込めば、彼も半信半疑ではあったが試してはくれるようだ。
危ないので下がってください、という忠告に従い、真澄は太郎太刀から少し距離をとる。
ひと呼吸おいて太郎太刀が刀を振り下ろす。
次の瞬間、バシャアアアン! という豪快な音と共に湖は巨大なしぶきを上げた。
我が一振りは暴風が如し――その言葉は偽りではなかったらしい。
さっきまで悠々と泳いでいたうなぎたちは当然水と共に打ち上げられるし、太郎太刀も真澄も水を頭から被る事になった。
全てが終わった時には、真澄は一瞬現状が理解出来なかった。
水がぽたぽたと垂れる髪をかき上げながら太郎太刀を見れば、彼はふむ、と顎に手をそえて満足げに頷いていた。
「やれば出来るものですね。ああ、丁度うなぎも5匹打ち上がったようですよ」
良かったですね主、と微笑む太郎太刀に、真澄は「そうだね」と気の抜けた返事しか返せなかった。
この男、本当にやってのけた。
「いや、なんつーか、まじで出来るとは……思わなかったなあ……」
「私もですよ。ここから出るためとはいえ、まさか水を斬る日がくるとは……しかもうなぎを手に入れるためだなんて」
自分の発言で我に返ったのか、溜息をつきながら太郎太刀は頭を抱えてしまった。
真澄はといえば、また爆笑し始める始末だ。
そんな二人の背後からガコンという音がして、脱出のための扉が現れる。
無事に条件は満たせたらしい。
「……はー笑った。そうだ、たろさん、ちょいと」
手招きしながら身をかがめるよう頼めば、太郎太刀は大人しくそれに従う。
自分の背より少し高い位置にまで下がった太郎太刀の頭に手を乗せると、そのままよしよしと撫でてやった。
「おつかれ、たろさん。おかげで助かったよ」
「っ、いえ、お役に立てたなら良かったです」
いつも短刀たちにしてやってるようにしてやれば、やはり照れくさいのか目をそらされてしまった。
が、ぶわっと桜が散ったので、喜んではくれているようだ。
「おっしゃ、んじゃさっさと帰ってお風呂入るぞ! 風邪ひいちゃいけねぇかんな」
「そうですね」
何とも不思議な空間だったが、久しぶりに腹を抱えるくらい笑った気がする。
まあ悪くなかったか、と思いながら、真澄はその部屋を後にした。
(太郎と審神者は『部屋にある湖でうなぎを5匹捕まえないと出られない部屋』に入ってしまいました。
10分以内に実行してください。)
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