同田貫正国
何もない空間で、真澄と同田貫は悩んでいた。
座り込む二人の前には、“この部屋の脱出条件は相手の身体の部位を潰す事”と書かれた紙が置いてあった。
しかも制限時間は80分以内だという。
すでに悩み始めて10分は経過していた。残り約70分である。
「これ、さあ……」
「悪趣味にもほどがあるだろうが」
「どうするよ。部屋の壁手当たり次第に叩いても何もないし、このままじっとして時間が過ぎたら、それこそ何が起こるか」
このまま二人揃って一生ここに閉じ込められるのか、それとも壁が寄って来てぺしゃんこにされるのか。
大量の敵がなだれ込んでくるかもしれない。
どれにせよ、真澄と同田貫の二人だけでは対処しきれないだろう。
二人に残されたのは、条件を達成してここを脱出する他にない。
「……分かった、あたしの身体を潰そう」
「はあ!?」
決心して言えば、予想通り同田貫がもの凄い形相で食いついて来た。
「俺は反対だからな」
「んなこと言ってもさあ……あんたはいざっていう時に動いてもらわなきゃいけないでしょうよ。
あたしは武器も扱えないから戦えない。ほら、あたしがどっか潰した方が良いんだよ」
だろ? と言い聞かせるように告げるが、彼はもちろん頷かない。
きっと理解はしているのだろうが、納得出来ていないのだろう。
条件を満たしたからと言って、簡単にここを出してもらえるとは限らない。
もしかしたらクリア出来た出来なかったに関係なく、敵が来るかもしれない。
そうなれば、まず真澄に対抗するすべはなく、同田貫に頼るしかなくなる。
なのにその同田貫がどこか負傷していて、戦えませんじゃ本末転倒も良い所だ。
もうこうなれば、相手の意思は無視しよう。
また止められる前に、自分で場所を決めてさっさと潰してしまおう。
――と考えていたのだが、刀と持ち主は一緒にいるうちに思考が似てしまうものなのだろうか。
視界の端で、自分の手めがけて刀の柄頭を振りかぶる同田貫の姿が映る。
「っ、やめんかこのたぬきがあぁっ!!」
止めなければ、という気持ちが先走りすぎてつい蹴飛ばしてしまったのだが、この際後で怒られようが手入れ部屋に直行しようが構わなかった。
「邪魔するんじゃねぇよ!」
「うるせー! 勝手に判断してんじゃねーよ! あたしがさっき言ったの聞いてなかったのか!」
仁王立ちになって、上体を起こしてこちらを睨んでくる同田貫を見下ろす。
本気で怒鳴れば、流石の彼も押し黙った。
「もう良い。分かった。どうしても自分の身体潰したいってんならあたしが潰してやる。
これで文句ないだろ。いいな」
ふん、と鼻を鳴らして言えば、同田貫はじっとこちらを見返した。
それを肯定と受け取ると、真澄は彼の前にしゃがんで手を伸ばした。
これが相手の出した条件に沿うのかどうか分からないが、一か八かだ。
「……潰すって、どこ潰すんだよ」
「顔」
「顔ぉ?」
低い声で尋ねてくる。ああ、これは完全に納得していない時の声だ。
しかしそれに対していつもと変わらぬトーンで返事をすれば、不意をつかれたのか間抜けな声が聞こえた。
どこか呆れたような表情を浮かべる同田貫の顔を両手で挟んで――思い切り寄せてやった。
「ぶっ?!」
「ふ、くくっ……やばい、今のあんたすっごい不細工……!!」
思わず吹き出せば、手の中の顔がどんどん不機嫌になっていく。
むにっと寄った頬と、そのせいでくちばしのようになった唇が、不満げにむにむにと動く。
「あにひやがる、さっさとはあせ!」
「ははっ……いや、ほらこれも潰してるうちに入るだろ……ふふふっ、これで、OKにならないかと、くっ、思って……」
笑うのをこらえているせいで途切れながらだが伝える。
んな簡単にいくわけねぇだろ、と挟まれた彼の口が言葉を紡ごうとした時だった。
ガコン。
真澄の背後から、何やら音が聞こえてくる。
二人してゆっくりとそちらを向けば、真っ白な壁の中に一つの扉が出来上がっていた。
「ほら、いけた」
ふふんと自慢げに笑顔を浮かべる真澄に、同田貫は舌打ちしながらようやく解放された顔を撫でていた。
まったくなんとも馬鹿らしい終わり方だ。
同田貫からすれば、蹴られるわ顔は挟まれるは笑われるわで、腑に落ちないことばかりだった。
「おい」
「あ、どしたぐっ」
だから仕返しくらい構わないだろう。
同田貫は片手で真澄の顔をさっきの自分と同じように挟んでやると、わざと小馬鹿にしたように笑ってみせた。
「はっ、不細工」
そうとだけ言ってやって、すぐに手を離して一人先に駆け出した。
ふざけんな! 待てたぬき! と真澄が慌てて怒鳴りながら追いかけるが、同田貫はけたけたと笑いながら逃げるのだった。
(同田貫と審神者は『相手の身体の部位を潰さないと出られない部屋』に入ってしまいました。
80分以内に実行してください。)
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