人気者の片想い
空条承太郎は、学校一と言って良いほどのモテっぷりである。
それこそ通っている高校の女子だけでなく、近所の他の高校の女子からも。
むしろ、老若男女問わず魅了しているのではないだろうか。
なんせ彼にはそれだけの魅力がある。
すらりと長い足、がっしりとした筋肉、身長もそこらのモデル顔負けである。
もちろん顔も相当のものだ。
彫りの深い顔は今日もきりりと引き締まり、厚い唇がタバコを咥えるだけで取り巻きの女子たちがわずかにざわつく。
睫毛の長い目は緑色をしていて、その目に見つめられたら死んでしまうのではないかと言うほど目力がある。
そんな空条承太郎は、今日も今日とて学帽をくい、と直すと、長い学ランの裾を颯爽とたなびかせながら登校するのだった。
彼がいつもの通学路にさしかかれば、すぐに取り巻きの女子生徒が彼に群がる。
おはようジョジョ。
一緒に学校に行きましょ。
ねえジョジョ聞いて、ジョジョ。ジョジョ。
キャーキャーと黄色い声を浴びながらも、承太郎は眉間にしわを寄せるだけで、それらをすべて無視して歩みを進めた。
そんな大人気の彼だが、だからと言ってすべての女性が彼に対し憧れを抱くわけではない。
彼はいわゆる「不良」である。(これはきっとレッテルなどではない、はずだ)
当然、承太郎のことを怖がる女性もいるし、嫌う女性もいるわけだ。
自分もまた、その一人である。
自分は承太郎が怖い。
元々男性に関してはどう関わればいいのかだとか、話すのが苦手だとかいうのはあったのだが、承太郎は別格だ。
まず背が高い。そこに立つだけで威圧されている気がして、どうにもおどおどとしてしまう。
不良だというのも大きなポイントだ。
気のせいかもしれないが、よく睨まれている気もする。
もしかしたら、自分はうっかり彼を怒らせるような事をしたのかもしれない。
そう思うと恐ろしくて、思わず逃げてしまう。
本当は声をかけて、原因を聞いて「ごめんなさい」と言うべきなのだろうが――自分に出来るはずがないので、ため息をつくしか出来なかった。
そんな自分が、だ。
なぜ今、放課後の屋上に呼び出されて告白を受けているのだろうか。
例の空条承太郎に、だ。
「えっ、だ、ああ、あの、なんて」
「だから、てめーが好きだと言っているんだ」
「う、嘘だあ」
あはは、と引きつりながら乾いた笑いをこぼせば、ため息をこぼされてすぐに肩をすくませた。
「もしかして、罰ゲームとかですか。あああ、それなら納得出来る、うん」
「おい、勝手に決めつけてんじゃねぇぞ。
いいか、これは罰ゲームでもどっきりでもねえ。正真正銘、おれの気持ちだ」
「だだ、だ、だって、ああそんな、空条くんが私の事をす、すすす好きだとか! 普通考えられない、です!」
ひいい、と悲鳴をあげながら鞄で顔を隠せば、向かい側から「だろうな」と聞こえてきた。
「おれが気にしてる素振りを見せたら、あいつらがてめえに余計なちょっかいかけそうだったからな。
おかげで声はかけられねえ、近くに行こうにも女どもが邪魔で行けれねえ。
やっと同じクラスになったと思ったら、今度はてめえが避けやがるしで、何一つ変わらねえ」
舌打ちしながら、承太郎はガシャンと背後のフェンスにもたれかかった。
赤い夕陽が承太郎を照らす。それだけで、一枚の写真のように絵になった。
「空条くんは、やっぱりかっこいいんだね」
綺麗だな、と思って何の気なしに口をついて出た言葉。
自分でも無意識に言った言葉だったので、当然承太郎にとっては不意打ちとなった。
ぐっと学帽のつばを下げたせいで、こちらから彼の表情が読み取り辛くなってしまう。
残念だとぼんやり眺めていれば、やがて承太郎がフェンスから体を離してこちらに向き直った。
相変わらず学帽のせいではっきり顔が見えることはないが、ただじっとこちらを見つめているのは分かる。
「それで? 返事はどうなんだ」
「……そ、れは、こっ告白のって事でしょうか」
動揺しすぎて声が裏返る。
今自分が置かれている状況を思い出し、どっと心臓が鳴る。
彼は何も言わず、静かにこちらを伺うだけだ。
静かに、ああ、でもやはり彼も少し緊張なんてしているのだろうか。
わずかに握りしめられた手が見えて、承太郎も人間なんだななんてふざけた思考がよぎった。
「とりあえず、あの、お友達からで〜なあんて……」
もはや癖になっている空笑いでごまかしつつ言う。
たしかに自分と承太郎は同級生だ。だが今まではっきりとした関わりはもったことがない。
クラスが一緒になったとはいえ、本当に、単なるクラスメイト止まりだったのだ。
改めて、心の底から彼が自分に惚れる要素などないだろうに、と思う。
考え事に全意識を向けていれば、ふっと影が自分に被さる。
「えっ」
ぱっと顔をあげれば、今までよりも近い、すぐ目の前に承太郎がいた。
気がつけば背後にはフェンス、目の前には承太郎、顔の両サイドには彼の腕が伸びてフェンスの網にかかっているではないか。
完全に、逃げられないように包囲されている。
ただでさえ近いというのに、彼はぐっと顔を近づけてくる。
「お友達“から”、ってことは――その先も期待していいって事だよな」
「は、えっ、いやあの」
「楽しみだな、ナマエ」
にやり。
楽しみだな、その言葉をそのまま形にしたような不敵な笑みを浮かべて、承太郎は目を細めた。
ああ、これはきっと抗うだけ無駄ってやつですか。
ばくばくと煩い心臓の音を聞きながら、自分はただ「……はい」とかすれる声で答えるしか出来ないのだった。
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