わたしとあなたのかべ
ジョセフ・ジョースターには双子の妹がいる。
しかし彼らは似ていない。名前を名乗ってようやく血がつながっているのだと認識されるくらいだ。
いや、まったくの正反対だと言っても良い。
明るく活発で、ムードメーカー的存在で、友人も多く大騒ぎが似合うジョセフと。
大人しく控えめで、後ろで静かに読書をしていそうな、少数の友人とひっそり談笑しているナマエ。
髪や目の色こそ同じだが、それ以外は似ていなかった。
小さい頃はそれなりに似ていると言われていたが、体格や性格にはっきりした差が出てくると、それも皆無となったのだった。
そんなジョセフとナマエには、共通の友人がいた。
シーザーという男子生徒と、スージーという女子生徒だ。
さらにナマエは、シーザーに淡い恋心を抱いていた。本当に淡い、ひっそりとした恋心だ。
「ナマエはさ、シーザーに告白はしねぇの?」
「へっ……!?」
ある日の夜、ジョセフと二人で部屋に集まって課題をこなしていると、早速飽きてしまったのだろうジョセフが突然切り出して来た。
ナマエは動揺して思わずシャーペンを落とすが、気付いていないのかわたわたと手を振った。
「こ、ここ、告白なんてそんな……! シーザーの迷惑になっちゃうよ、そんなの」
「あー出た出た、ナマエのマイナス発言! 俺そーゆーのは駄目だと思うのよ」
「だって……」
しょんぼりと顔を伏せれば、向かい側でジョセフも困ったように項垂れた。
ナマエの気持ちを知っているのは、ジョセフだけだ。もしかしたら、スージー辺りにはばれているかもしれない。
こうしてジョセフはたまにナマエの相談に乗るのだが、いかんせん本人にやる気がなく、効果はいまひとつだった。
「ジョセフみたいに、はっきり言える性格だったら良かったのに」
なんでこうまで差が出てしまったのだろう。
肩を落としていれば、やれやれといった風にジョセフが隣に座り、ナマエの頭に手をのせた。
「まー焦っても良い事なんかねぇし、ゆっくり行こうぜ。俺も応援してるから」
「ん……ありがとう、ジョセフ」
自分には頼れる兄がいて幸せだ。
――兄の頼もしさに励まされながら迎えた翌日は、朝からナマエの精神を削った。
迫力すら感じるほど整った美しい笑顔が、ナマエの目の前で輝いている。
気がつけばしっかりと右手は握られているし、きっと逃げようとすれば長い足が退路を塞ぐのだろう。
視線をそらせば、顎をとらえられて正面に向き直された。
「お、おは、おはようございます、先輩」
「おはようナマエ」
おずおずと挨拶をすれば、それはそれは満足そうに笑う彼は、ナマエとジョセフの1つ上の先輩だ。
名前はカーズといったか。
理由は分からないが、ナマエはカーズにやけに気に入られてしまっていた。
「今日はジョジョは一緒ではないのだな」
「え? ああ、ええと、寝坊しちゃったので今日は私一人で登校を……って、近い、近いです!」
自分で尋ねておきながら、カーズは返事の内容には興味なさげに「ふぅん」とだけ返す。
ゆっくりと近づけられる顔に気付き、ナマエは慌てて自由な左手でカーズの顔を覆った。
とはいえ、所詮小柄な女の手だ。
せいぜい口元を覆うだけの効果しか、出す事は出来なかった。
べろり、とカーズの舌が指を這い、体が固まる。
「っ、ひ」
「一人なのは好都合だな、いっそこのまま食ってしまうか」
言葉の通り、本当にバリバリと食べられてしまいそうな空気を纏って、美しい目元が細められる。
ああこれは危険だ! 脳内では警鐘が鳴り響いているし、しかし助けを求められるような相手はいない。
それでもやはり、頭では一人の名前を呼び続けている。
「ナマエ!」
名前を呼ばれると共に、舌打ちを残して視界に広がっていた影がわずかに離れる。
慌ててその隙間を抜け出して、ナマエは自分を呼んだ二人の元へ走った。
「シーザー……ジョセフ……!」
「無事か、ナマエ?」
「うわー、嫌な予感して家飛び出してみりゃこれかよ! よしよし怖かったろ、お兄ちゃん達が来たからもう大丈夫だぜ!」
ぽすりと、広げられた腕の中に飛び込めば、兄への絶対的な安心感がナマエを包み込む。
ジョセフの元にナマエが無事たどり着くのを見届けると、シーザーは二人を背にかばうように前に出た。
「ずいぶんと不愉快そうだが、そんなにナマエが大事か?」
「当然だろう。彼女は俺の大切な友人だ」
「――だ、そうだ。ナマエ、いい加減諦めて私を選ぶべきじゃあないか?」
「……っ」
友人。その単語にここまで心を沈ませる威力があるなんて、発言者は思ってもいないのだろう。
言葉に窮していれば、シーザーはカーズの言葉に困り果てていると解釈したのだろうか。
一歩踏み出そうとするシーザーの腕を掴んで、ジョセフが「まった!」と声を上げる。
「はーいはい! 終了! ほらほらナマエもシーザーちゃんも、あんなアホに構わず教室行くぞ!」
促されるままその場を後にすれば、シーザーがそっと隣に並ぶ。
「大丈夫か?」
「うん、……迷惑かけてごめんね」
「迷惑なんて。気にしなくていい」
優しい言葉にも、きっと友達だからという意味が込められている。
ずっとずっと、台詞に含まれない単語に悔しさを抱えながら、笑顔を返していた。
今もまた、勇気のないナマエは曖昧に笑んで「ありがとう」と返すしか出来なかった。
背中にそっとそえられる兄の手に、じんわり目頭が熱くなりかける。
ぐっと歯を食いしばって、こぼれそうになる感情を押し殺して、ナマエはまた思うのだった。
いつかこの気持ちにも、終わりを付けなければいけないのだと。
出来ればそれが、自分の望む終わり方をしてくれれば。
そう願わずにはいられなかった。
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