企画 | ナノ


いつもの通り。
屋上の、さらに梯子を上ったところに意味もなく寝転んでいた。
チャイムが鳴って、校庭の方が騒がしくなる。帰るやつと、部活に出るやつでいっそううるさくなるこの時間帯が、嫌いだ。
その後の、部活で騒がしくなる時間は嫌いというよりうっとうしい。掛け声がうるさいせいもある。あの空間を彷彿とさせるせいもある。そして何より、さつきが来る。
それなら帰ってしまえばいいわけだが、俺は、俺の気の済むまで動くつもりはない。

今日もそうして、うっとうしい時間をやり過ごしていた。目を閉じて、寝ようとしても寝られない。そもそももう十分に寝すぎていて、それに目を閉じればいやでもあの空間が頭に浮かぶ。楽しい、それが退屈に変わった、あの空間。
眠くないのに欠伸がもれた。

目を閉じるのもうっとうしくなって、仕方なく目を開けた。
そういえば今日はまださつきが来ていない。
これ以上にうっとうしくなるのかよ、と溜め息をつくと、屋上の扉が開く音がした。
ラスボスのお出ましだ。

「いたいた。さつきの言う通りだわ」

梯子を上ってきたさつきにひと睨み利かせてやろうと思っていたのに、声を発したのは全く別の人間だった。

「名前、お前、なんでいんだよ」
「いるんじゃなくて、来たの。わざわざ来てあげたの」

思わず身体を起こした。

「は?」
「私のかわいーいさつきがあんたにいじめられてるみたいだから」
「あんなのいじめてどうすんだよ。つーか俺が何かしたところでへこたれるやつかあいつは」
「だってー、さつきが『名前!青峰君をどうにかして!!』って泣きついてきたんだもの」
「いつだよ」
「昨日の夜」

しかも電話で!!にしても昨日のさつきの声やばかったなー、なんて同じ女のくせに頬を染めて話す目の前のやつに自然と眉間にしわが寄る。

「お前、学校は」

そもそもこいつの高校は、こことは正反対のところにあるはずで、授業が終わってからここに来るにしてもこんな時間には来れないはずだ。

「今日は実力テストで午前終わりでしたー」
「…………」
「大輝と違ってサボったりなんかしません優等生なんで」
「うぜえ」

めんどくさくなって、視線を逸らした。

「久しぶりに会ったんだからもう少し嬉しがったらどうよ、もうひとりの幼馴染なんだし」

そう言う口調も軽い。冗談めかして、俺の様子をうかがってくる。
昔からそうだった。さつきとは違う。女らしさはなくて、さばさばしてて、こいつと話すとぽんぽんと言葉が飛ぶ。
気も楽だった。

「知るかよ、そっちが勝手に来たんだろうが」
「ま、そうね。それは認めよう」

そう言って、穏やかな顔でこっちを見るから、怯んで何も返せなかった。そんな自分にいらついて、また視線をそらす。

「そっち行ってもいいでしょ、いいよね。いつまでも梯子の上でおしゃべりとか嫌だし」

名前はこっちの気も知らずに隣にどかりと腰を下ろした。その距離が意外と近くて、焦る。視線は相変わらずこっちを向いたままだが、その視線に自分が答えるのはなんだか癪だった。

「ちょっと、本当に久しぶりなんだからいい加減こっち向いてよ。満足に話も出来ないんですけどー」
「向かなくったって話ぐらい出来んだろ」
「小学生の時に習ったでしょ、話してる相手の目見て話を聞く、これ基本」

けれど結局、向いたっていいはずだった。俺はなんでこんなことに意地になってるのか。
そもそも、近い距離になんで焦っているのか。
こっちの気も知らず、…なんて俺は何を気にしてるというのか。
昔からこんな距離、普通だったはずなのに。

「つか、話ってなんだよ」
「えー、お互いの近況とか?」
「報告することなんかねえし」
「学校は楽しい?」
「ひとの話聞けよ」

突拍子もない問いに、思わず名前の方を向いてしまった。

「それ、大輝が言う?」

散々こっちを向けと言ってきたのにも関わらず、いざそっちを向いたってなんの反応もせずそう言ってけたけたと笑っている。
そんなこの距離が、懐かしくて、むずがゆい。

「ってか、やっとこっち向いたし」
「うるせえ」
「学校、楽しい?」

こいつに何を言っても、答えない限りこのやり取りは続きそうだった。

「…別に普通じゃね」
「その様子じゃ、彼女もいないな?」
「…だからなんでそんなに話が突拍子もねーんだよ」
「そう?近況報告にはつきものだと思うけど」

じ、っと見つめてくる名前に思わず顔をそらすと、ブレザーの裾を引っ張られる。
心臓が、ひとつ、強く打った。

「引っ張んな!」
「じゃあ彼女がいるかいないか言いたまえ」
「いねーよ!つーかいらねーし!そんなのなあ、おま……」
「そんなの、なに?」

自分は何を言おうとしたのか。

―――お前じゃなきゃ意味ねー…?

目の前で名前が何か言っているのはわかるのに、声が入ってこない。

「お前は、…どうなんだよ、」

気付けばそんなことを口走っていた。

「私?何がよ」
「彼氏、いんのかよ」

むずがゆい。
そういえば中学の時もずっとそうだった。
こいつがそばにいると心地良くて、それでいてどこか引き攣れていた。

「いないよ」

頭の良かったこいつはよく赤司や緑間にわからなかった問題を聞いていたが、そんな姿を見ては何かが軋んでいた。

「でもね、好きなひとはいる」

その言葉を聞いて、心臓を鷲掴みにされたようになるのは、紛れもないそれの証なんだろう。
そうか、

―――俺は、こいつがずっと好きだったのか

つーか、気付いた瞬間失恋かよ。

「小さいときからずっと好きなんだけどね。鈍くて全然気付かないんだよ。笑えるでしょ?」
「……は?」
「まあ、バスケしか頭にないバスケバカだから仕方ないかなって思ってたけど気付いたみたいだから許す」

名前も、俺のことが。

「おれ、は、」

続きを言おうとした。
だがそれは、名前の手で塞がれた。

「まだだめ。大輝には言わせない」

混乱して理由も尋ねられない俺は、ただただ名前の言うことを聞いていた。

「まだ大輝は万全じゃないから」

万全じゃないってなにがだよ。

「準備が整ってないの」

どういうことだ。

「バスケ。相変わらず、退屈なんでしょ?」

それとこれと、なんの関係があるんだよ。

「そ。やっぱり高校入っても大輝は大輝だね」

漸く離された手に若干いらつきながら答える。

「…何だそれ」
「変わってないなと思って」

それは、どういう意味だ。こいつが、なにを言いたいのかがわからない。名前がくすりと笑う。

「いい意味でも、悪い意味でも」

無駄に空が青い。気付けばうるさい掛け声も聞こえない。

「大輝がね、バスケがしたくてしたくて堪らなくなるまでおあずけ」
「…なんだよ、それ」
「うん。でも、耐えて」

伝えられないつらさじゃない。
いつかまたあの頃のような日々がやって来ると信じる、つらさ。

「わかって。つらいのは、耐えてるのは、大輝だけじゃないの」

ただひたすら待つということ。

「自分勝手だな、俺の気も知らないで、」
「そう?でもそれまでは私もおあずけなわけだし、おあいこじゃない?それに、『俺の気も知らないで』なんてよく言うよ、『私の気の知らないで』今まで来たくせに」

どうしようもない。なす術なんかない。
そのときをただ待つ俺を、待つのか。

「…どうしようもねーな、お前」
「大輝がそれ言う?」

ひどく近い距離にいるのに、全く触れ合うことはない。こいつが引いた、どうしようもない境界線。

「今の大輝が嫌いってわけじゃないよ。でもやっぱり、好きなひとには輝いていてほしいじゃない?それこそ、大輝の名前みたいに」

穏やかに笑ってそう言ったと思ったら、眉間にしわを寄せて考え出した。

「いや待てよ、そんなふうになるまで待つの、つらいより楽しみかも」

ぶつぶつと言うこいつに呆れながら、くすぶる思いにとりあえず蓋をした。
どうやったって、いつまで続くかわからないが“しばらく”は何も変わらない日々が続く。
それでもきっと。


こんなに人を好きになるのは、きっと君が最初で最後


そんなことも、変わらないんだろうなと、漠然と思った。


「黄昏」さまに提出


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