「はあ、はァ…はー…」
「今日もまた酷いな、キッド」
たどり着いた教室のドアを開け、自分の席に座れば、既に来ていたキラーに笑われる。
「っるせェ、得体の知れない女に、毎朝、追いかけられる、俺の、身にもなれ、」
「人気者は辛いな」
「…………お前、微塵も思ってねェくせに…!」
月曜は何もなかった。というか、今まで女に追いかけられるなんてことはなかった。女に好かれるような性格でもないし、そもそも印象が悪いのだから当たり前だ。
というか、女に追いかけられる、と言っても、トラファルガーのように女に群がられて、というような嬉しい状況じゃない。
ガチの追いかけっこ、全力疾走。
朝限定の、タチの悪いストーカーみたいな。
「疲れた…寝る」
「そうじゃなくても寝てるだろう。授業中は特にな」
「―――、……」
キラーを無視して机に突っ伏した。何と言われようと疲れたのは事実だ。それが三日と続けば、こんななりしてても精神的にくる。
「…にしても、その女が追いかけてくるのは駅周辺までだろう。それに女の足でお前に追いつくとは到底思えない」
キラーの言いたいことはつまり、何で学校まで走ってくる必要があるのか、ということだ。
そんなの、
「気色悪ィからに決まってんだろ、」
「……お前もそんなふうに思うことがあるんだな」
後にこの事が知られて、トラファルガーにからかわれることを俺は知らない。
そして翌日。金曜日の朝。
問題の、朝、だ。
いつも通りの電車に乗って、高校の最寄り駅に到着する。
キラーには、そんなに嫌なら電車の時間を変えれば良いと言われたが、これ以上早い時間の電車には乗れない(起きれない)し、これ以上遅い時間の電車にも乗れない(遅刻するなら話は別)のだ。
溜め息をついた。
降りたら、また、望んでいない追いかけっこが始まる。
「…………?」
始まる、はずだった。
「あれ、いねェ?」
きょろきょろと辺りを見回しても、その女の姿は見えない。
得体の知れない女に追いかけられるという、気持ちの悪さからついに逃れられたと、思わずガッツポーズを決めた。
その瞬間、とんとん、と肩を叩かれ、振り向く。
「………、おま、」
その顔を確認した瞬間、逃げようと踏み込むが、腕を引かれた。
離せ、と言うためにまた振り向いたとき、ずいっと目の前に何かを突き出される。
「………タオル?」
見覚えがあった。
なぜかってそれは間違いなく俺のタオルで、ついでに言うと月曜になくしたやつだ。
「なんであんたが、」
「月曜日、電車から降りるときに、私、あなたにぶつかってしまったんです。そのときに鞄から落ちるのが見えて。声、かけたんですけど、聞こえなかったみたいで、」
確かに、誰かにぶつかられた。
だからといって転んだわけでもなく、怪我をしたわけでもなく。
というか、通勤ラッシュのこの時間帯なら普通のことだ。ぶつかりたくなくても、後ろから押されて。
ごめんなさい、と目の前の女は小さく呟いた。
「こんな、付きまとうような真似して。でも、渡さなきゃって、思って、」
いつも逃げるのに必死だったせいか、毎日毎日追いかけてきた女をちゃんと見るのは初めてだった。
洒落た制服、校則に一切違反していないだろう身だしなみ。
真面目、誠実、そんな言葉が似合う。騒ぐのは苦手そうだ。
っていうか、女は女だが、女子高生じゃねェかよ、
「……いや、悪かった。その、逃げたりなんかして」
逃げていた自分が馬鹿馬鹿しいし、呆れた。
その子は首を横に振って、もう一度、ごめんなさい、と言った。
タオルを受け取り、そのまま並んで改札まで歩き出した。
そういえば、と思い当たったことを聞く。
「来るタイミングが、いつもと違ったような」
「…確実に渡せるように、一本前に乗ってきたので」
気まずくなったのか更に謝ろうとしたのがわかって、とっさに「謝るのはもうナシな!!」と言葉を挟んだ。
「でもよく俺みたいなのを追っかけて来れたな」
「……?どうしてですか?」
「どうしてって…、いや、わかるだろ」
そう言っても、首を傾げている。
「―――…怖くねェの?」
「怖い?」
本当に意味がわからないようだった。
「女子は怖がるぜ、なんせこんな顔だからな」
自嘲気味に言うと、彼女は驚いていた。それから、落ち着いて言うのだ。
「…この間、痴漢、捕まえてましたよね」
今度は俺が驚く方だった。
「喧嘩の仲裁に入ってたのも見たことがあります。急病人抱えて駅員さんを呼んでたのも」
「……見てたのか、」
謝るのはナシ、と言ったにも関わらず、彼女はごめんなさいと言った。
「気持ち悪いですよね、見ず知らずの人に、見られてたなんて。…でも、身長も高いし、体つきもいいし、赤い髪も目立つから…自然と目に入っちゃって」
そんなの、全部偶然だ。
偶々近くの女子高生が声を潜めて泣いていたのが見えて、なんだと思ったらその子の後ろに怪しいオヤジがいた。
偶々学校の最寄り駅に着く少し前に近くで座り込んでしまった人がいた。
偶々目の前で喧嘩が始まった。
。
怪しいオヤジを駅員に突き出したのも近くで女子に泣かれるのが嫌だったからで、座り込んだ人を抱えたのは自分が通れそうもなかったからで、喧嘩の仲裁に入ったのは、仲裁というと聞こえはいいが、結局は邪魔だと凄んだだけだ。
でも、その偶然をこの子は全部見ていたのだ。
「だから、全然怖くなんかないです。むしろ、話してみたいなと思ってたくらい」
申し訳なさそうに笑う姿がなんだかとても印象的で、そしてなんだかとてもありがたかった。
「今日は追いかけっこはなかったのか?」
息切れのない俺を見てキラーが言う。
「ああ。なかったし、これからもねェだろうな」
「解決したのか」
「まあな」
席について、詳細を期待する目の前の男に事の顛末を話した。
言いづらいことこの上なかったが、仕方ない。
「…どうしようもないな、お前」
「言うな。俺が一番わかってる」
謝るべきは俺だったのだ。なのに何度ごめんなさいと言わせたことか。
「それで、結局その子とはどうなったんだ」
「あー…。別に、何も」
連絡先交換しました、なんて言えない。
「……まあ、いいが。どこの高校だったんだ?同じ駅だろう」
「…なんだったかな、春桜女子学園?」
「……私立のお嬢様校じゃないか。勘違いもいいとこだな、本当に」
あんなに気色悪がってたのに、今日のあの会話だけで気になってしょうがないなんて、
「本当に、な」
絶対言えねェ。
筋肉痛
正体がわかった今だからこそ言えることだが、彼女に追いかけられていたんなら、それも悪くない
原作のキッドくんがこれからどんなふうに暴れてくれるのかわかりませんが、この話のキッドくんは、
泣いてる女子→放っておけない(けど自分が直接関わると怖がらせるとわかっているので間接的にどうにかしようとする)
泣かしてるオヤジ→「(女子泣かせてんじゃねェ…!!)」からの駅員に突き出し
座り込んでしまった具合の悪い人→反射的に助ける方向に体が動く
喧嘩してる奴ら→「(乗降客の)邪魔だ」暗に世間の皆様のことを考えている
…そういう善行を照れくさく思っているために「偶然」なんて言って自分をごまかしているという裏設定です…
そしてそんな初キッド夢でした。
ペクさん、素敵な企画ありがとうございました!!
企画サイト「弱虫」さまに提出
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