企画 | ナノ


海は荒れることなく今日もそこにあった。空だって、綺麗な青が広がっていたのに。
そう、だから順風満帆なはず。しかし心はざわついたままだ。そうしてそのフラストレーションを少しずつ積もらせて、今日の仕事をこなした。起爆剤にするために。

昼間よりも、夜の方が良い。静かだからこそ、きっと多くを話してくれる。だから、不寝番以外のクルーは寝たであろうこの時間に向かうのだ。

扉の前に立って、ノックをする前に声がかかる。いつもと同じその声に、少しだけ安心する。

「お前からこんな時間に来るなんて珍しいこともあったもんだ」

ソファに腰かけ、医学書から目を離さずに言う。

「食われに来たのか?」
「……まさか」

軽口だっていつも通りだ。彼らしく笑って、医学書を閉じ、こっちに来いというように目を合わせるのだって、前からずっと、そうだったように。

「船長のお考えがわかりません」
「やめろ、その話し方。おれとお前しかいねェだろ」
「………王下七武海に入るって、どういうこと」
「いつまでそこに突っ立ってる。こっちに来い」

ローは余裕を崩さない。この話が出ても何の変化もないということは、やはりローには私にはわからない彼なりの考えがあるんだろう。でも、説明してくれないと納得できない。

ソファまで行くと隣に座るように促される。私はその指示のまま、隣に腰を下ろした。

「なんで、王下七武海なんかに…!」
「そう言うな。これを使わない手はない」
「世界政府の狗になる必要がどこに!?」

わざわざ敵の懐に飛び込むようなことをして、何になるというのだろう。虎穴に入らずんば、というやつなのだろうか。虎の威を借るつもりなのだろうか。それで、世界は手に入るのか?ローは、どうなる?

「へェ、噛みつきに来たと思ったがそうじゃないらしいな」

じっと覗き込まれた。もう隠せはしないだろう。その瞳は、心の奥底まで覗いてしまう。

「愛されてるなァ、おれも」

まァ、おれも愛してるけどな。

不意に頬に手が当てられる。刺青だらけで、無数の人を殺めてきた手も今は優しい。思わず流されそうになる。

「――…話を、逸らさないで、」
「逸らすも何も、話すようなことはねェよ」
「私には言えないって?」
「違う」

今までの雰囲気は霧散した。ぴんと空気が張り詰める。私は、怖いのだ。ローは、誰の指図も受けない。誰よりも、何歩も先を見つめて、導いてくれる存在。だから、そんな場所に自ら進んで行くなんて。

「七武海の権力を使わない手はない。こっちが使われるつもりもない。それだけだ」

反論したいわけじゃない。生きづらい陸から、自由を求めてこの船に乗り海に出たその日から、ローについていくと決めている。

「それよりもお前のことだ。話せ、何が不安だ」
「なにも、」
「嘘をつくのか、おれに」
「………」

信頼してる。信用してる。だからこそ不安になって弱気になる私は、許されないのだろうか。

何よりも大切なのだ。

「同じことを二度言うのは好きじゃねェ。忘れたとは言わせねェぞ」

―――黙っておれに従え。取るべきイスは…必ず奪う!!!

「……忘れるわけ、ない」

視線を逸らす。ローは何も言わない。ローのことだ、きっとわかっている。でも、私が言うまで知らないふりをするのだ。


「――…前に言った人魚の話覚えてる?人魚は自由かって話」

「ロー、私考えたんだけど、人魚って本当に自由かな」
「話が突拍子もねェな」
「海の中にいれば人魚はどこにでも行けるじゃない。船で海を進む私たちよりもずっと簡単に」
「人魚、だからな」
「でもさ、でかいし、端がないけど、よく考えてみたら海も水槽なのかなって」
「だから?」
「だから、本当に自由なわけじゃないんじゃないかって話」

「…あァ」
「怖いんだ。怖い。ローの思い通りにならない海が、私は怖い」

不安で、しょうがなくて、暗い海の底でもがいているように息が出来なくなる。人魚たちはそんな海で、眠っていられるのだろうか。

頬にあった手は、いつの間にか腰に回っていて、ぐっと引き寄せられた。もう片方の手が、髪に触れる。

「だから、早く、」

「それだと、おれ達も自由じゃないことになるな」
「そう」
「自由じゃないのか?」
「…わからない。そもそも自由ってなに」
「さあな」
「わかってるんでしょ、教えてよ」
「意味なんて、自分で探せ」
「じゃあ、自由じゃない状態はどうするの」
「決まってるだろ」


全部をあなたのものにして。
「王になるんだよ」



人魚の眠る水槽にて
(あなたの海なら、安心して眠れるから)

企画「弱虫」さまに提出


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