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定期テストが目前である。
この間の中間テストでは上手くいかなかった点数をローに見られ散々けなされたので今回は二週間前から勉強してきたのだ。絶対に良い点をとって、抜かすことなんてことは出来なくとも、見返してやる!と意気込んでいたは良いものの。

―――どうしてもわからない問題がある。

誰かに尋ねるとなると、それなりに親しい人が良い。尚且つ頭が良くなくては。更に言うと、教え方が上手い人が良い。そう考えて行くと、まずキッドはだめだ。やつは私よりも頭が残念なのだ。例え痴漢を捕まえたりカツアゲしてるガラの悪い人を警察に突き出したりする良いやつで、あんなツラして女子にすごい優しかったり(不器用すぎてなかなか伝わらないが)するあいつでも頭がついて来なければだめなのだ…なんと残念なことか。キラーはどうか。でも、私とどっこいどっこいだと思う。私だって、中の上くらいの頭があるのだ。本来ならローに馬鹿にされる点数は取らないはずだったのに。ペンギンとサンジも同じくらいで、シャチはダメだ、ボニーもだめ、ルフィとゾロは論外。頼みの綱のナミもこの教科はてんで駄目なのだ…駄目もとで聞いてみたがやっぱりわからないようだったし。そう考えていくと、残るやつはあいつしかいなくて。

でも聞くのは、あいつに聞くのは癪に障る…!
馬鹿にしてきた張本人に聞くなんて!

「く……っそおおおおおお……」

誰もいない放課後の教室で叫ぼうと声に出した言葉は尻つぼみに消えて行った。見返してやるためにやってきたのに、これじゃどうしようもない!

「なんだ、わかんねェのか?その問題」
「そうなんだよね、わかんな、く、て……?ッじゃなああああい!そんなことない!!本当、めっちゃ解ける!!そりゃ、もうスラスラ解ける!だから別にローに聞こうとか思ってなかったから!じゃあね!さよなら!」

張本人に聞かれるところだったというか、聞かれたけど聞かれたからこそ全力で誤魔化して誤魔化せたかは別として逃げるに限る!と鞄に机の上のもの全部詰め込んで帰ろうとしたその腕を掴まれる。何なんですか、馬鹿にされたくないんだからさっさと離してくれ!

「馬鹿言え、さっきから全然進んでなかっただろうが。つーか、休み時間すらその問題開いて話も聞かねェし。ばればれだ、バーカ」
「ばか、だと……!?こっちがどんな思いで…。もういい。もういいから離して!」

怒鳴るように言えば掴む手の力が緩む。すかさずすり抜けて、鞄を片手に教室を出た。

溜め息をつきながら階段をかけ下りる。さてあの問題はどうしてくれようか。聞ける人は今のところ思い浮かばない。追いかけてきやしないかと後ろを気にしながらも解決の糸口はやはり見つからない。

「……名前じゃねェか」

踊り場に真っ赤な髪。ああ、キッドよ。あんたの頭が良ければどれだけ良かったことか。

「んだよ、」
「いや、別に。今ちょっと急いでんだよねー。じゃなきゃ噂の女の子の話でも聞くんだけど」
「ば、おま、…やめろよ、」
「照れんなチューリップめ。もう全身真っ赤になってしまえ」

通り過ぎ様に言えば、はあ!?ふざけんな!なんて凄む声が聞こえたけど慣れっこなので通用しない。私は世にも珍しいキッドを怖がらない系女子なのだ。キッドが夢中の女の子もそうだと思われる。キッドとその子の朝の鬼ごっこ話をキラーから聞いたとき笑いが止まらなかった。その子とはきっと仲良くできることだろう。

はあ、とやはり溜め息が漏れる。さすがにもう追って来てはいないだろうと、廊下をとぼとぼ歩いていた。さてさてどうするか。もう帰ってしまうか。それもありだな…と思っていたときふと顔を上げると生徒会室の前だったわけで。

そうだ、お兄ちゃんという手があったと、そのドアをノックしたのだった。

「…はいどうぞ、って、名前じゃないか。どうしたんだい?毎日家で会っているのに、僕に会いに来たのかな?」

この場に他の人がいればおそらく誤解しただろう言動をよくもまあいけしゃあしゃあと言う。しかも生徒会長、その影響力をこいつはなめているといつも思う。ただの幼馴染だ。家が隣だっただけだ。こんなキラキラした得体のしれないオーラを出しておきながら意外と普通の家に住んでいる、一個上の近所のお兄ちゃんなのだ。

「……この問題、教えてください」

余計なことは言うまい。言えば面倒が倍になって返ってくることはわかりきっている。

「問題?保健体育なら手取り足取り、丁寧に教えてあげるよ?」
「セクハラはいらないから。わかるなら早く教えて」
「仕方ない子猫ちゃんだな…。いいよ、おいで」

本当なら近づくことははばかられる。セクハラをされることは必至なのだ。でもこの問題がわかるのなら多少の犠牲を払っても…なんて考えながらお兄ちゃんに近寄ろうとしたときドアがすごい音を立てて開いた。

「おい、腐れキャベツ…名前から離れろ。削ぐぞ」
「それ違うキャラじゃん、せめてバラすぞって言えよ」
「離れろだって?それは君の方だろ、トラファルガー。仲睦まじくしている僕らの雰囲気を読んで部屋を出ていくべきじゃないか」
「仲睦まじくはしてない」
「仲睦まじいなんてよく言えたもんだな、セクハラ野郎が。いいから離れろ。名前も早くこっちに来い」
「……は?」
「ははは、滑稽だね君は。名前は君のものじゃないんだよ?だってこの子は生まれた時から僕のものだからね」
「…は?」

呆れてものも言えない私の手はいつの間にかお兄ちゃんに掴まれ引っ張られ、気付けば背後から抱きしめられて、左肩にお兄ちゃんの顎が乗っているという危険な状態になっていた。

「…おい、くそキャベツ…名前に触ってんじゃねェよ」

ローから発せられた声がやたらと低い。怒っている。なんで怒っているのかはわからないけど怒っている。

「君の言うことを聞く義理はないね。この子は僕のだ」
「馬鹿言え、名前はおれのだ。お前は単なる幼馴染だろう。それ以外の何でもない」
「聞き分けが悪いね…名前の良き理解者はこの僕以外有り得ないと言っているんだ」
「へェ、何をわかってるって?その薄汚ェ商売顔を媚びる女どもにふりまいてよそ見ばっかりしてるお前が何を見てるっていうんだよ」

しびれを切らしたローが近づいてくる。お兄ちゃんは抱きしめる手をより強めてきた。
なにこのイケメンサンド状態。中の具が貧相すぎる。意味が分からん!

「名前、君はもちろん僕を選ぶだろう?こんな悪人面と君が一緒にいるなんて気が気じゃない」
「ふん、下心が丸見えなんだよ。『気が気じゃない』だァ?現在進行形でセクハラしてる奴が言う言葉じゃねェな。おい名前、お前に必要なのはおれだろ?」

ついにローの腕が腰に回ってきた。すぐ横にはお兄ちゃんの顔、数センチ前にはローの顔。なんでこんなに迫られてんの、なにこの密着具合!しかも二人とも世間の女子がときめくような文句ばっかり言って、ほんと何がしたいんだ!

「本当もうどうでもいいから離してくれ…」
「こんな奴に聞かなくてもあんな問題ならすぐ教えてやる。なんなら保健体育だってハジメテからゆっくり丁寧に、」
「それは聞き捨てならないな!名前の初めてをもらうのはこの僕だ!」
「もう離せとは言わない……死んでくれ」

その後もごちゃごちゃごちゃごちゃと二人で喚いていたようだが、私はサンド状態のまますっかり疲れ切ってしまって意識が半ばとんでいた。この茶番はいつ終わるのか。私は家に帰って勉強がしたい。テスト前なのだ、こいつらと違って勉強しなくても出来るなんていう優秀な脳みそは持っていないのだよ!
疲れも相まって本来の怒りが沸々と湧き上がり、さてどうしてくれようかと思い始めたその瞬間、事は起きた。

「名前、どっちのが好かった?」
「素直に言ってごらん、どちらのキスが感じたか」

首筋と、額に熱が触れて、…は?なんて思っている時間すらもったいなかった。というか、こんな茶番に、疲れたとはいえやりたいように付き合わされてやることなんてなかったのだ。溜まりに溜まったフラストレーションは見事に爆発した。
キス?好い?感じたかだと…?

「どっちも不快じゃ、ボケェェェェェ!!」

気付けば、ローの胸を思い切り押した後腹に蹴りを入れ、お兄ちゃんをそのまま背負って投げていた。中学校まで習っていた空手と柔道のくせが出てしまったようだ。でも、そんなの知ったことか。どうせあんなんじゃくたばらないだろう、残念なことに。凝りもしないだろう、残念なことに。
それを考えると、頭がずば抜けてよくなくてもよかった気がした。あんな変人にならなくてよかった。

私は何のためらいもなく、屍二つを残して生徒会室を後にした。



くだらなすぎて逆に笑えない日常

っていうか何で、先生に聞くっていう手を忘れていたんだろうか。覚えていたらこんなことに巻き込まれずに済んだのに。あの二人に割いた時間がもったいない。私も私で、逃れきれないのだ。抜けている。
だからこそ本当に、笑えないのだ。

そんなこんなで先生のいる準備室に行って、回復した二人が乗り込んできて、また面倒に巻き込まれてを繰り返すのだ。ほんと、いい加減にしろ。



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