彼のセリフ | ナノ


「バーナビーさん!!お忙しい中、すみません…!!」
「いえ…、今日は事件もなかったので大丈夫ですよ」

昨日の夜、急に連絡が入ったのだ、明日(つまり今日)、店に来られるか、と。

「本当に…すみません…」
「でも、どうしたんです?こんなに急に取り付けるなんて、あなたらしくない」

本当は急いで仕事を片づけて来た。いくら事件がなくとも、余計な仕事が纏わりついてくるのだ。

「あの、…約束を果たそうと思って。日が空いちゃうとさすがに難しくなるので、早めにと。」
「約束…、」
「はい。でも、ご無理をさせてしまいましたね…。バーナビーさん、隈、出来てます」
「ああそれは、気になさらないでください。体調管理もしっかり出来てこそ、ヒーローですから」

返した言葉に、彼女が微笑む。流石です、そう言う彼女の言葉には勿論一切の嫌味も含まれていなくて、心にやさしく沁み込む。

前に来た時から大分日が経ってしまっていた。立て続けに起こる事件に、雑誌やテレビの取材、その他に会社の事務仕事。
忙し過ぎて虎徹さんに至っては頭から煙が出ていそうだった。

「それで、あの…何か約束しましたっけ?」
「ふふ、覚えていらっしゃらないのなら結構ですよ。それで、今日は何にします?」
「…じゃあ、いつもの、」

わかりました、そう言った彼女に違和感を感じた。いつも傍らにいるはずのマスターがいない。カクテルは、彼女にはまだ作れないはずで、…

ああ、なんてことだ。忘れていたなんて。

彼女の姿を目に焼き付ける。一つひとつの動作、目の動き、揺れる髪。
目が合った瞬間、微笑まれた。

「はい、“いつもの”カクテル、です」

目の前にあるそのカクテルは、いつもマスターが作ってくれていたそれと変わらない。

「いつから、」
「昨日です。だから昨日、連絡を入れさせてもらったんです」
「すみません…言い出したのは僕の方なのに。すっかり忘れていて」
「お忙しいんですから、仕方ないですよ」

自分が嫌になる。それと同時に嬉しかった。彼女が覚えていてくれたことが。

「“初めて”お客様に出す一杯です」

ありがとう、いただきます、そう言って口にした彼女の初めてのカクテルは、確かにいつも飲んでいるものなのに酷く甘い気がした。

「どう、ですか、」

微笑んでいたさっきと違い、緊張して、慎重に尋ねる彼女に思わず笑みがこぼれる。
「おいしいです、とっても。幸せな気分になります」
「―――…良かった…」

ほう、と安堵の息を漏らす彼女に酔ってしまいそうだった。
ああ、早く欲しい。

「こんなにおいしいカクテルをいただいちゃうと、逆に申し訳ないな」

お返しだから、お金はいらないと言われていたのだ。

「そんなことないですよ!」
「でも、これじゃ僕の気が済みません」

ご飯でも奢らせてください。僕の出来る最上級の笑みを彼女に向けた。

「そんな…、駄目ですよ!悪いです!こっちが申し訳なくなります…!」

彼女は真っ赤になって俯いてしまった。
これじゃお返しの意味がないじゃないですかとかなんとか、小さく呟いている。

「そんなことないです。それに、こんなにおいしいカクテルで僕を酔わせたんですから、責任、取ってもらわないと」

たった一杯で酔うはずないです!なんて可愛い声は、今回ばかりは都合よく聞き流した。

「…バーナビーさんはそうやって、いつも優しいから…甘えちゃいます」

彼女が困ったように眉を寄せる。

「優しい?優しそうに見えますか?」

撒いた甘さを、仕掛けた罠とも気付かない鈍感さがまた、何とも言えない。きっと目に入れたって痛くないだろう。

「バーナビーさんはいつも優し過ぎるくらいです」
「そうですか?まあ、何にしろ可愛いあなたが甘えてくれるなら大歓迎ですけど」

この可愛いかわいい子猫をこの腕に抱くのは、きっともうすぐそこ。



2.優しそうに見えますか?



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テーマ「人外ファンタジー」
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