5万打&2周年企画 | ナノ


「ここで装備外すと、やっと終わった、って感じがします」

小隊で向かった暗殺任務は、ターゲットの予想外の行動により、本来終えるはずだった日からさらに五日経過した後でようやく遂行することが出来た。
とはいえ、そこから里までは丸一日走り続けてようやく帰って来れる距離で、だからといって任務後昼夜を問わず走り続けるのは、体力的にも、危険度的にも問題があったため、二日をかけて里に戻ってきた。

十二日ぶりの木ノ葉の里、感傷に浸る間もなく任務報告、そしてようやく、暗部本部の更衣室。

「そうだね、遠足は家に帰るまでが遠足って言うし」
「まだ家じゃないですけど」
「家みたいなもんでしょ」
「まあ、ここが私たちの帰る場所、ですもんね」
「そういうこと」

面を外したカカシ先輩。今回も一切のかすり傷すら負わなかったそのひとは、どんな汚れ仕事の後だって綺麗なままだ。
綺麗。
銀の髪も、瞳も、身体も、心も。はたけカカシを形作るものすべてが綺麗なのだ。

「……そんな目で見ないでよ」
「そんな目、とは、」
「そうだな…けしかける、みたいな」
「けしかけては…いません、」
「嘘でしょ、煽られた」

他の班員は、それこそ“家に帰るまでが遠足”の言葉通り、私たちをおいてさっさと帰ってしまった、……いや、本当はそうじゃない。
私たちが遅いのだ。わざと。任務後は、大抵。

「煽ってなんか…!」
「名前」

うるさいよ、ちょっと黙って、と私の唇を撫ぜる先輩の親指。
私の身体が勝手に熱くなる。
勘違いしないように私は毎回必死で、でもずっと憧れていた好きなひとだからこうして触れてもらえるのは限りなく嬉しくて仕方がない。
だからこうして、結局逃れられないまま先輩と二人きりになるように更衣室に居座ってしまう。

「お前は、綺麗だね」
「い、みが、わかりません、」

いつの間にか、ロッカーが背に当たる。囲うように迫る先輩に、逃げ場はもうない。

「っせ、先輩の方がよっぽど綺麗です……!」

視線だけでも逃れようと目を逸らすと、先輩の指先が今度は頬を撫でる。身体がびくりと震える。私の顔は真っ赤だろう。自分の身体だ、見なくたってわかる。

「綺麗なお前が見るから、綺麗に映るだけだよ。俺は、綺麗なんかじゃない」

頬を撫でていた手がゆるく顎にかかって、正面を向かされる。息の触れる距離に先輩の顔があった。目を覗き込まれて、思わずぞくりとする。それからさらに近くなる距離に思わず目を瞑ったところで、先輩が離れていく気配。

それにそうっと目を開けると、先輩は私から距離をとってドアを見つめていた。誰か来たんだろうか。

「じゃあ、俺は帰るよ。お前も気をつけて帰りな」

頭をぽんぽんとたたかれて、立ち去る先輩をぼうっと眺めていた。私はすごく熱を持て余しているのに、先輩の切り替えのはやさといったら。
そうして残されるのは結局私だけ。

なんだか馬鹿らしくて、虚しかった。



* * *



更衣室から出て、向かってくるその姿を確かめる。

「お疲れさまです、カカシ先輩」
「ああ、お疲れ、イタチ」

最近暗部に入ったばかりのうちはイタチはこの歳で暗部入りするほどやはり優秀だった。

「先輩」
「ん?なに?」
「邪魔、してしまったようですみません」
「……憎たらしいほど優秀だね、本当に」
「先輩には及びません」

俺も、誰かが近づいてくる気配を感じたから更衣室を離れたのだが、おそらくイタチは、更衣室に俺ともう一人誰かがいたことも、それが誰であるかということも、わかっているんだろう。

「……でも」
「なに」
「俺が口出すことじゃないと思いますが、……このままでいいんですか」
「余計なお世話って言いたいところだけど…ま、そうだな、良くはないね。悪くもないけど」

しかし、なぜ自分よりもなかなか年下なこいつにこんな話をしているのか。

「どういう、」
「特に意味はないよ、ただ、……怖がってるだけさ」
「“冷血カカシ”と恐れられる先輩に怖いものがあったとは知りませんでした」
「……それ、馬鹿にしてるよね?」
「まさか」

眉を寄せる俺に、すみませんそれでは失礼しますとなんでもないように通り過ぎていくこの後輩に、なんだか少し溜め息がもれた。



* * *



お疲れさまです、と言って更衣室に入ってきたその後輩に、ああなるほど、どうりで先輩は気付いたのに私は気付かなかったわけだと、納得してしまった。

「イタチ…これから任務なの?」
「いえ、手入れをしようと思っていた忍具を忘れまして。それを取りに来ました」
「そうだったんだ、手入れはちゃんとしないとね…すぐ錆びるから……」
「名前先輩は、そういうところ、抜けてそうです」
「そうなんだよね、何度先輩に怒られたことか…いや、怒られたっていうより、呆れられた、かな、ははは…」
「…先輩、といえば、カカシ先輩とすれ違いました。何か重要な話でもしてましたか?俺、邪魔してませんか」
「え?…ああ、特に重要な話とかはしてないよ。ゆっくり帰り支度してただけだから。大丈夫」

精神的には、大丈夫ではないのだけど。
この子の前だと、余計に緊張してしまう。見透かされているようで。気付かれているようで。気付かれているのかもしれないけれど、それはそれで恥ずかしくて、どう対応していいのかわからない。

「告白、しないんですか」
「…告白、ねえ、…こ、こくはく!?え、なんでそんな話になったの?」
「好きなんでしょう、カカシ先輩のこと」
「う、わっ!ちょっと!え!?なに、もしかして皆にばれてるの!?」
「いやさすがにそれはないと思いますけど」
「あ、あ、焦った…!けど結局イタチにはばれてるし…」

やはり、鋭いこの後輩の目は欺けなかったのか…というか、欺くほどのこともしていないはずなのだけれど。どれだけこいつは鋭いのか……末恐ろしい。

「な、内緒ね……?」
「誰にも言いませんよ。…でも、しないんですか?告白」
「ひと段落したのに、話を元に戻すなんて…しないよ。しない。だって、…これ以上のものをあのひとに背負わせるわけにはいかないじゃない…」

そう返した言葉に、イタチは、そういうものですかね、と返した。

「俺は、俺だったら、限りある時間の中で出来るだけのことをします」

そうぽつりと呟いて、お先に失礼しますと更衣室を出ていった。

私はひとり残された更衣室で、聞こえてしまったそのつぶやきの意味を考えていた。



* * *



痕が残るかもしれないと言われた。
この傷を負ったときからそんな気はしていたし、見えるところにはないだけで実際服で隠れるあらゆるところに傷痕が残っているのだから気にするなんて今更なんだろうけど、それでも、

それでもやはり、顔の傷は……そうやって割り切って考えることが出来なかった。

本の字面を追っていても全く頭に入って来ない。思い出すのはこの間の任務、一瞬判断が遅れて傷を負った、まさにその瞬間。
延々と繰り返される再生に、その度にもれる溜め息と後悔。結果論ばかりが脳内を駆け巡る。

―――こんなことなら、こうなる前に先輩に告白しておけばよかった

そんな言葉が頭をよぎる。
これ以上のものを背負わせるわけにはいかないなんて、そんなの私が決めることじゃない。そう言って、結局私は言うのを恐れていただけ。私のただの甘えだ。

そうだ。そういうことだったのだ。

「『限りある時間の中で出来るだけのことをします』……か。その通り、その通りだなあ。やっぱり、イタチはすごいな」

はは、ともれた笑いはひどく乾いていた。
今回はたかが頬の傷。でもそれが、取り返しのつかない致命傷だったら。

「……こんなくだらない後悔すら出来ないんだ」

改めて気づかされた現実だった。



* * *




端的に言えば、名前が任務で負傷した。命に別状はないが、痕が残るだろうということだった。

「お見舞い、来てくださったんですか」
「来るでしょ。大事な後輩なんだから」

読んでいた本を置いて、こちらを見上げる名前。頭に巻かれた包帯。それに隠された左の頬。

思わずそこに手を伸ばしてしまった。

「痕が残るかもしれないって聞いたけど、もしかして、これ?」
「嫁入り前の女が、顔に傷なんてまずいですよねえ…」

もらい手もいないのに傷物になっちゃいました、と苦笑する彼女になぜかいらだった。

正確にはなぜか、ではない。
わかっている。

「傷物、ね」
「……まあ、でも命があっただけ儲けもんですよね」
「ていうか、この業界で生きてればみんな傷物でしょうよ、俺だってあるし」

自分の左目。縦に走る傷痕と、本来ならあるはずのない写輪眼。
それは、決して消えない戒めだ。

「先輩は、綺麗ですから」
「またそんなこと言うの」
「何度だって言いますよ、事実ですから」

何をもって、この戒めの傷を綺麗と言うのか。

「詳しい事情は知りませんけど、でも、先輩が必死に抗ってるの、わかります。その傷に恥じないようにって。だから、綺麗なんです」

綺麗とは何なのか。

俺は綺麗じゃない。でもそんな俺を綺麗だと言うのならそれはやはり俺を見るこいつの心が綺麗なのだ。

「…それなら、どんな傷を負ったお前だって綺麗なはずだよ」

じっと名前の目を離さずに言う。びくりと逸れる視線に、俺はまたいらいらする。

「私は、そんなんじゃないですから…」
「埒が明かないな…」
「す、すみません……でも私、綺麗じゃな」

名前のくちびるに、人さし指をあてた。言うなと。
何をそんなに卑下するのか。綺麗じゃないとは?誰がどこを見て決める?それを決めるのは、自分自身なのか?
俺の、自分本位の怖さなんかもうどうでもいい。

「お前は、綺麗だよ。お前が俺を綺麗だと言ってくれるように、何度だって俺はお前が綺麗だと言う。その傷を負ったことに、後悔なんかさせない。俺がその傷ごとお前を愛してやる」

職業上、傷を負うのは仕方のないことだ。傷を負わないことはもちろん重要なことだが、傷を負うことを恐れてはいけないのもまた事実。

それと同時に、どんな傷を負ったって、大切なものは大切なまま変わらない。

「だから……どんな傷を負っても必ず、ここに戻って来い」

恐れていいのは死だけだ。

「せ、先輩、それって、どういう、」
「不謹慎だけど、その傷、負ってくれて良かったかもな。じゃなかったらいつまでも踏み出せなくて手遅れになってたかもしれない」
「あ、あの、だから、」

いつ、死ぬかわからないなら、今、この瞬間で出来ることをしなければ。

包帯の巻かれた頬をなぞる。混乱して眉間によったしわをなぜる。結ばれたくちびるにそっとふれて、抵抗がないことをいいことにそのままくちびるでふれあう。
俺のちょっかいの一つひとつであかくなる彼女がたまらなく愛おしくて、言葉をつげる決心もつかないままからかい半分本気半分で続けてきたこれも、今日で終わりだ。
名前が俺に向けてくれる好意には、ずっと前から気付いていたから。

「ずっと言えなかった。俺のことを綺麗って言ってくれてありがとう。お前が好きだよ、名前」
「せ、んぱ」
「お前は?」
「……どうせ、知ってるんでしょう、ずるいです」
「聞きたいから言ってよ」
「………すきです、ずっと前から」
「はは、知ってる」

悔しそうに睨めつけてきた名前のくちびるを、容赦なくふさいだ。頑ななそこを、こじ開けて、舌を絡める。あがるくぐもった声にどうしようもなく愛おしくなって、食べるようにキスを続けた。

「っぁ、は、っはぁ、せんぱ、」
「悪い、ちょっと加減がわかんなくなっちゃって」
「くるし、かった、っは、はあ、」
「入院してる間は、練習だな」
「…は、い?」
「退院したら、続きするから」
「……え」
「早く元気になるんだぞ」

いきなり我慢が利かなくなるなんて、かっこがつかないだろうがもうどうでもいい。
もういらぬ後悔は、したくない。


その不完全さゆえにきみが愛おしい



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