5万打&2周年企画 | ナノ


――気付いたら、腕の中だった

肌寒いはずの、合宿先の夜。だからこそ感じてしまう、その人の体温にどうしようもなく胸が騒いだ。

「危ないでしょ。暗いんだし、足元気をつけないと」
「す、すみません、カカシ先輩」

ただ、よろけたところを助けてくれただけだ。でも、嬉しいし、心が勝手に踊ってしまう。恋する女子ならみんなわかってくれるだろう、平静を装わなければいけないのに表面に出てこようとする嬉しさ恋しさ恥ずかしさを、どうにか押し留めようと奮闘する葛藤を。

「あ、の、もうだいじょうぶです、離していただいても」
「え?そう?だけどお前、案外危なっかしいからなあ、しばらくこのまま……」

しばらくこのまま、という言葉に思わずぴくりと反応した私を見逃す先輩ではない。
だけれども私は、離してほしくないと思いながらも早く離してほしいのだ。

「ま、そんな冗談はさておき、名前、足挫いたりとかは?痛いとかはない?」
「いえ、ただ躓いただけなのでひねったり挫いたりはしてないです」
「そ、ならいいんだけど」

そっと離された腕は、やはり名残惜しかった。
ここで素直に、かわいく甘えられる技術があればどんなによかっただろうか。でもそれは所詮、一部のかわいい系女子にしか許されていない専売特許だ。
私がやったところで効果はない、というかむしろ逆効果だろう。

「上ばっかり見てるとまた躓くよ」
「そうは言っても、そのための合宿ですからね…田舎の山奥に、星を見に来たんですから」

見上げれば満天の星空。プラネタリウムだって、やっぱり本物にはかなわない。
先輩も、夜空を見上げた。

「そうだな…じゃあお前が転ばないように、ここで見張ってることにするか」
「私のお守りとかいいですから……ほら、3女の先輩が呼んでますよ」
「うるさいの嫌なんだけど…」

そう言いながら渋々そちらへ向かう先輩の後ろ姿を少しだけ見届けると、私はもう一度空を見上げた。けれども結局は先輩たちが何を話しているのかが気になって星を見るどころではなくなってしまった。

こちらに背を向けて話す先輩の声は聞こえない。こちらを向いて話す3女の先輩の声だけがやたらと響く。

――後輩が可愛いのはわかるけど同期のうちらも大切にしてよ、最後の合宿なんだしさあ

それもそうだ。最後の合宿なのだ、同学年でもっと一緒にいたっていいはずだ。でも、後輩にとっても、このメンバーで合宿に来るのは最後だと言える。引退したら、先輩たちはもうサークル活動にも、もちろん合宿にだって来ないのだから。

――馬鹿だなあ、ちょっと言ってみただけに決まってるでしょ

カラカラと笑いながら3女の先輩のそんな言葉が聞こえてきた。
ちょっと言ってみただけとはどういうことだろうか。何か、茶化したいことでもあったのだろうか。視線の先は夜空に輝く星々なのに、実際に神経を集中させているのは耳だった。

「なに、ぼうっとしちゃって」

3女の先輩の声ばかり気にしていたせいで近づいてくる足音にまでは気がつかなかったようだった。気づけば隣に先輩がいて、声をかけられて、思わずうわあっと声をあげる。

「……失礼じゃない?それ」
「だ、だってさっきまで3女の先輩とはなしてたじゃないですか、なのにいきなり、隣にいるから……!」
「あいつらは自分たちが好きなだけしゃべって満足したみたいよ。寒いから宿に戻るってさ」

ほら、と先輩が指差した先には宿へと向かう3年生の姿があった。「3年生で残ってるの、カカシ先輩だけですけど……戻らなくていいんですか?」
「しゃべるのに付き合わされたせいでろくに見れてないからね」

3年生に向けていた指を空へと向ける。
気づけば、外に出ている部員はまばらだった。さっきまでは全員で出てきてみんな空を見上げたり、望遠鏡のぞいたり、おしゃべりに勤しむなりしていたのに。確かに肌寒くなってきたし、宿に戻ってしまった人は多そうだ。

「名前は、寒くない?まだしばらく見る?」
「寒くないですよ、しばらく見るつもりです。だって、まだ流れ星見れてないし」
「丁度来てるもんな、流星群」

流星群が来ていると言ってもそんなにたくさん見られるものでもないのだけれど、粘れば粘った分だけ多くの流れ星が見られると思いたいので、肌寒さがピークに達するまでは見ていたかった。
でもそれも、隣にいるこの人のせいで集中できない。
そう思いつつもこのおいしい状況が嬉しくないはずないのだ。

「風呂まだ入ってないなら、寝転んじゃえば?芝生だし」
「そう、ですね」
「俺もそうしようかな」

寝転ぶために芝生に座った私よりも先に、先輩はさっさと寝転んでしまった。
早くしなよとでもいうように、少し笑いながらこっちを見てくる。
そんな先輩に逆らえるはずもなく、そのままゆっくりと緊張を押し殺すように寝転ぶと、目の前にはもう満天の星空しかない。
先輩は見るのに集中し始めたのか、話しかけてはこなかった。
その空間の中でふと思い出したのは、このサークルに入って初めて、先輩と話したときのことだった。



* * *



このサークルに入ったのは、純粋に天文学に興味があったからだ。
難しいことまではわからなくても、望遠鏡の使い方だったり、いつの時期にどんな星が見られるのかだったり、宇宙というよくわからないものがもう少しわかるようになる気がしたし、その断片でもいいから知りたかった。

サークルに入るまでは知らなかったけれど、かっこいいことで有名な先輩がいるらしいことを知った。よくよく話を聞いていると、文武両道でなんでもできるすごい人らしいということも知った。
“らしい”といのは、本人がサークルになかなか顔を出さないので人から聞いた話でしかその先輩のことを知らなかったからだ。
その先輩と同学年の先輩が言うには、「サークル活動以外のことが目当てのミーハーなやつらと付き合うのは面倒だから、新入生歓迎時期はほとんどサークルに来ないんだってさ」ということだった。

どこのサークルにかっこいい先輩がいる、という噂は一人歩きして広まり、確かに天文学サークルもその先輩目当てで来ている子がちらほら見受けられた。
そういう子は、何度サークルに通っても姿を見せない噂の先輩にしびれを切らし、やはりサークルを離れていくのだった。

しかし新入生勧誘期間が終わっても、なかなかその噂の先輩には会うことはなかった。聞けば、そもそもそんなにサークルに来ないらしい。
ミーハーが来るのは嫌だと言いながら、自分自身そんなに熱心な人じゃないんだなと、私の中ではそういう印象だった。

ある日の午後、休講が入って変に空いてしまった時間をつぶすために私は部室に向かった。部室には天文学関連の本がたくさんあるので、近々観測会もあることだし、その関連の本でも探して読もうと思ったのだ。
中途半端な時間だから部室には誰もいないだろうと踏んでいたから、鍵をあけなければならないのだが、目的のドアはすでに鍵がかかっていなかった。
あれ?と内心思いながらドアを開けると、知らない人が目に入る。
部室を間違えて入ってしまったのかとも思ったが、そこは馴染みのある部室で間違いなかった。

それにしても、その人はなんだか綺麗だった。
部室の机で本を読んでいるその人の髪は窓から差し込む昼間のあたたかい光があたってきらきらしている。
少し開いた窓からはやわらかく風が入り込み、髪をゆらしていた。

しばらく見とれていたわけだけれども、はっと正気に返って今の状況を考えるとどうすればいいか悩まなければならなかった。
あの人はこのサークルの人なのか、先輩なのか、それとも今まで見たこともないが同学年なのか、それともこのサークルの人ではなくて、勝手に入り込んだ人なのか……。

考えもまとまらないのに焦った私は「あの、」と声を掛けてしまった。
その人がこっちを見るが、その先に言葉が続かない。えっと、あの、出てくるのはそんな意味のない音ばかりだった。

「1年生?」
「え、あ、…はい」
「そうか。どうりで見たことない顔だ」

口調はやさしかった。

「ということは俺のことも知らないよね」

新入生入ってからサークルに顔出してないしなと思い返したように言った。

「2年の、はたけカカシだよ」

噂のかっこいい先輩、自分の知らない先輩。
名前だけは聞いていたから、ようやくわかった。この人がその先輩だったのだ。
ああ、なるほどと勝手に納得していると名前を聞かれたので名前を言うと、立ってないで座ったらと席を勧められた。

休講で変に時間が開いたので、観測会の調べものをしようと思って来たことを言うと、「あ、それ俺が今読んでる」とその本を差し出してきた。

「せ、先輩がお先にどうぞ……!」

そう言うと、復習程度だからと言って、私の緊張具合を笑っていた。
緊張を笑われた私は、何か別の話をと必死に話題を絞り出した。

「……観測会は、いらっしゃるんですか?」
「ん?ああ、行くよ。これからはちゃんと顔を出そうと思ってる。勧誘時期も終わったし、さすがにもうまじめなやつしか残ってないでしょ」

先輩は苦笑していた。
サークルに顔には出さなくても、こうして誰もいない時間に部室に来ては天文学の本を読んだりしていたことも話しているうちに知った。
ミーハーが来るのは嫌だと言いながら、自分自身そんなに熱心な人じゃないんだなというこの先輩に対する失礼な第一印象は間違っていたことがよくわかった。
観測会の関連の本を読んでいてもわからないことがあればカカシ先輩はわかりやすく教えてくれた。
“復習程度”と言っていながら、そんなことも必要ないくらいの知識量が既に先輩にはあったのだ。



* * *



それからサークルに顔を出し始めた先輩と話す機会も増えて、最初はそれはもう憧れた。
たった1歳しか違わないのに、その知識量は膨大だった。
それなのにひけらかさないその性格に、今度は惹かれていった。
気付けばもう、憧れは恋に変わっていた。

その先輩が、この合宿が終わったら引退してしまう。
それでも……告白をする気はなかった。

どれぐらい、空を見ていただろう。
先輩と初めて話したその時を思い出していたせいで流れ星もろくに見れていない。
だめだなあと内心自分に呆れつつも、そりゃあこれだけ近距離にいればと言い訳もしたくなってしまう。
風が少し強めに吹いて、ぶるりと身体が震えた。

「寒いんじゃないの?」

こっちを向いて言う先輩に、大丈夫ですと返すために先輩の方を向く。
近すぎた顔に思わず、うわあ!、と身体を起こした。

「……うわあって…心配して言ってんのに」
「す、すみません!」

顔が熱いのでそっぽを向いたまま謝った。声もやたらと大きい。
心臓がばくばくいっている。鼻が触れそうなくらい近かった。
先輩の顔が目の前にあった。
思い出したくないのに勝手にリピート再生されて……死にそうだ。
ああ、と両手で顔を覆った。

「名前」

不意に左手が掴まれて引かれる。
つられてそっちを見れば同じように身体を起こした先輩の少し真剣な表情が目に入った。

「顔が、あかいよ」
「…………」

私の手をゆるく掴んでいた先輩の指にきゅっと力がこもる。

「ねえ、名前…俺さ、……自惚れても、いいよな」

気づけば周りには誰もいなかった。
満天の星空の下に、真剣な顔した先輩と、目を見開いて顔を赤くした間抜け面の私だけ。

何も言わない私に、先輩は私の手を引いてそっと腕の中へと閉じ込めた。
風が吹いても、もう寒くはなかった。


寒いから暖めてだなんて、勘違いさせたいの?




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