いま胎児に還る | ナノ


「聞いたか?苗字先生また上げたらしいぞ」
「大手柄だな」
「――…上げるって何の話ですか」

昼過ぎ、昼食から帰って来ると病院内がやたらとざわついていた。外科の教授室に入ってもそれは変わらなかったが、理由は分かった。

「そうか、お前知らないんだな」
「だから何の話だって聞いたんですが」
「苗字先生の話になると食いつきいいよな、トラファルガーは」
「そういうのいらないんで、早く話してください」

はいはい、と言って話し始めた近くの医師から説明が入る。

総合第一科、総合第二科、この二つの科は一般的にいう総合診療科で、総合的に疾患を診断していく科だ。専門化、細分化した現代医療の中で特定の臓器・疾病に限定せずに診断を行う。この科の医師はより広い視野で患者を診察する必要がある。

「総合第一科で異常無しって判断された患者は、次同じ症状で診察に来たとき第二科で診察を受けることになってる。まあつまり“下げられた”患者さんが第二科で異常有りって判断されて、再検査とか専門の科で再受診になることがあるわけ。それを“上げる”って言ってんのさ」

第二科は病気の症状ではないのにも関わらず、病気と思い込んでやって来る人たちに対処する科。
それが、院内での第二科に対する見方だ。

「総合第一科の田中先生ももういい年だけどすごい優秀な人だから症状の見逃しとか全然ないんだけどね」

そうやって第一科でふるいにかけられ、多くの人はそこで再検査、もしくは専門の科で再受診になる。

あのひとは、細かな網目をすり抜けてしまった患者を掬い上げているのだ。

「苗字先生、なーんであんなに優秀なのに第二なんかにいるんだか」
「不思議ですよね」
「そういえば、噂では血が駄目とか」
「っていうか、専門、何だったんだろうな」

この間、緊急搬送の時の怯えた目。俺の服を掴んだ手は震えていた。その噂は本当かもしれないが、確証はない。

今はそれよりも、彼女があの場所で人を救っているという事実が重要なのだ。

「女神は健在ということか」

成る程、飛ぶことをやめたわけではないらしい。口角がわずかに上がる。

「何か言ったか?」
「いや、説明どうもありがとうございました」
「お前の敬語は嘘臭いからいらねーよ」
「じゃあ、遠慮なく。サンキュー」
「やっぱ、気に入らねえ」



茨道でもそれでもまだ
(貴女は手を差し伸べて)

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