いま胎児に還る | ナノ


(拍手お礼文 胎児に還る after 倦怠感)

「随分足繁く通ってるなあ、お前」

呼び出され帰って来るなりそう言われた。

「三日通ったら結婚、ってか。いまは平安時代じゃねえぞー」

緊張感のないその声。ここの外科の代表、斉藤先生の声だ。その声に適当にすみませんと返して、自分のデスクにつく。
別にこの後なにがあるというわけではない。だから別に、呼び出しなんて緊急のことがない限りいらないのだ。

「お前、十時間オペだったろう」

コーヒーをすすりながら何でもなさそうに話しかけてくるそのひと。
まだここに来てほんの少しだ。それでも、わかった。このひとは優秀。

「まさか、寝ないつもりじゃないだろうな」

技術はもちろんだ。代表を任されるだけある。でもそれだけじゃない。
このひとは、"瞳"を見る。

「俺の目を誤魔化すのは無理だぞ。仮眠はとれるときにとっておけ」
「寝なくても平気な体質なんで」
「そういうのは平気とは言わない」

わかってるだろう、そう目で諭される。
部屋には他に誰もいない。丁度、忙しい時間帯だった。

「あいつにも、いろいろ事情があるらしい。知ってるとしたら、ここの医院長ぐらいだ」

このひとも、「何かがあったこと」は知っているようだった。「何があったか」は誰も知らない。医院長すら知らないかも知れない。

「誰にも話してないらしいからな。あんまりしつこいと嫌われるぞ」

それはいつかでいい。聞き出そうと思っていたわけではないのだ。
いつか、あのひとが自分から伝えようとするまでは。

自分が誰かにこんな接し方をするのは初めてだった。

「あのひとの年齢を考えると、これぐらいがちょうどいいんですよ」
「何だお前。そっちか、落としにかかってんのかよ。わっかいなーほんと」

知っていても、冗談を冗談で返してくれる。斉藤先生は、とりあえず寝ろよ、と言って、部屋を出て行った。


部屋にあるソファに横になる。顔の上には本を被せて。

会わないと、落ち着かない。ふっとまた消えてしまいそうで。
普通にしているようで、いつも何かを耐えている気がする。

俺は恐らく、心配なのだ。



倦怠感に苛まれた彼らの行く末
(見えないものを、必死に見ようとしているのだ)


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