いま胎児に還る | ナノ


日勤と準夜勤の交代の時間。総合第一科の田中先生のところから自分の診察室に帰ると、可奈子が今まさに帰ろうとしていた。自分ももう帰りだから久しぶりにご飯でもと可奈子を誘うと、いいねえ、と二つ返事で返してくれた。

支度を終えて、可奈子と関係者出入り口に向かっていると、外科の診察室の前で看護師に囲まれているあいつがいた。

「……何なのあれ」
「あんた見たことないの?昼休みとかもっとすごいわよ」
「もっとすごい…?」

今でさえ、五、六人はいる。可奈子が言うには、これの二倍ぐらいが普通だそうだ。この数の女をまいて、わざわざ私の診察室まで来る意味がわからない。こういう余計な苦労もまたこの間の体調不良に繋がったんじゃないかと思う。

「……ああいう女子の嫉妬は怖いから、被害が出る前に早く元を絶ちたいもんだわ」

とばっちりはご免なのだ。

「彼、諦め悪そうだけど」
「年増の診察室に来るなんて気が知れない。彼女たちの方がお似合いよ」
「あんなミーハーな女子のほうがお似合いなんてあんたも酷いこと言うのね」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど。綺麗だし、かわいいし、若い。ほら、ピッタリじゃない」

本人は、早くどうにかしたいのかずっとしかめっ面で口を挟む時を待っているようだが、何せあれだけの女が近くにいて、尚且つ皆彼を引きとめようとしているのだ。さっさと診察室に入ってしまえばいいものを矢継ぎ早に言葉を紡がれてそこから動けないのは、話を聞いてあげる優しさが彼にあるからなのかもしれない。

「…中身なら私の方が勝ってる」
「そんなの当然でしょ。それに、可奈子は十分かわいいわ」
「あんたが男だったらよかったのになー。だったら私、一番に食いつくのに」
「そうね、私が男だったら可奈子を放っておかない」
「私たち、相思相愛ね」
「随分と前からわかってたことだと思うけど?」

そう言うと、確かにそうだったわ!と可奈子は笑った。

それにしても、関係者用の出口があの一団のいる方向じゃなくてよかったとつくづく思う。あの男の視界に入ったらと思うとそれから向けられる他の視線を想像してぞっとした。私も女だが、ああいったタイプの女とは別物の女でありたいものだ。

しかし、囲まれているあいつを初めて見た私は違和感しかなかった。あいつと会うのはいつも、…不本意だけれども私の診察室だし、可奈子と仲良さそうに、私が嫌がるような話ばかりしているのだから。

「…そういえば、最近、あいつと仲良いわよね」
「は?私?」
「そう可奈子とあの男」
「私がトラファルガー先生と?」
「うん」

可奈子が呆れた顔をした。何言ってるんだと、そんな感じの。

「……彼が来るとき、あんた昼食買いに行ってたり他の先生に呼び出されてたりしていないんだもの。そりゃあ話す機会も増えるわ」
「そう?でもあんたと話してるとき、よく笑ってるわ。むしろ私のいない時間狙って来てたりして」
「……………毎回思うんだけどさ、あんた、それ、本気で言ってる?」

今度は私が、何言ってるんだというような顔をしたに違いない。冗談を言うような流れだっただろうか。私は至って本気だ。そんな私を見て、可奈子は溜め息をついた。

「不憫…不憫すぎる…」
「…?何か言った?」

可奈子はちらりとこちらを見たかと思えば、前を向いてなんでもないと答えた。



スノウ・スロウ・メロウ


- ナノ -