いま胎児に還る | ナノ


「で?」
「『で?』って…何よ」

患者の波がひと息ついたとき、可奈子が患者用の椅子に座ってずいっと顔を寄せてくる。

「何よ、じゃない!イケメン外科医を連れ帰った後でどうなったかぜーんぶ話してもらうんだからね!!」

興味津々を顔に書いた可奈子が鼻息を荒くして詰め寄る。
雰囲気に押されて、思わず椅子を後ろにずらした。

「…別に、あいつを家に送っていって、つらそうだったから少し看病しただけ」
「ふん、それだけじゃないでしょ。隠したって無駄よ、何年の付き合いだと思ってんの」
「何もないって、」
「トラファルガー先生に対するあんたの態度、最近おかしいのよ」
「おかしくなんか、ない」
「十分よそよそしいけど?」

これでどうだ!と言わんばかりの顔で、私の顔を覗いてくる。可奈子が引き下がることはなさそうだ。こうなったら言うほかない。思わず溜め息がひとつ、こぼれた。



* * *



「……信じられないわ」
「何が」
「何が、じゃないわよ!病人になら何されてもいいわけ!?」
「そういうわけじゃ、」
「じゃあどういうわけなのよ!!」

何だか最近、可奈子を怒らせてばかりな気がする。
というかイケメン好きな可奈子なら、「イケメン外科医に詰め寄られるなんていいなァ…」なんてうらやましがるような反応をして騒ぎ立てると思っていたのに。
完全に不意打ちだった。

「向こうは熱に浮かされてたのよ、」
「だからって、して良いことと悪いことがあるでしょ!限度ってもんがあるでしょう!!」

医者の前に、あんたは女なんだから気を付けなさいよ!!と可奈子が声を張り上げる。

「変なところばっかり鈍いんだから!」
「でも別に、無理やりってわけじゃ、」
「………同意の上ってこと?」
「そうじゃないけど、抵抗もしなかったし、」
「…………」
「いくら日本語が達者でも外国人なんだから、まあ、あれぐらいのスキンシップは、」

先程の勢いはどうしたのか、可奈子が静かになった。何かを考えているのか、そうでないかはわからないが、こちらを見る視線は外さない。

「………嫌じゃなかったの?」
「え?」
「あんたそういうの嫌いじゃない。なのに嫌がらないなんて――…」

可奈子がふう、と溜め息をついた。

「やめた。心配した私が馬鹿みたいだわ。あ、でも、病人だからって過度にやさしくするのはあんたの悪い癖なんだから気を付けなさいよ!」

そう言うと、可奈子は奥に引っ込んでしまった。
静かになった診察室で、私はひとり考える。

イケメン好きで、いいないいなと話に乗ってきそうな可奈子が、私を怒った。
彼女が私を怒ったのは、私を心配してのことだ。なぜ心配したかというのは、相手が病人だからと詰め寄られても抵抗しなかったからだ。
じゃあ、どうして私は抵抗しなかったかというと、それはやはり相手が病人だったからだ。身体が弱れば人恋しくなるし、誰かにそばにいてほしいと思うのも至って普通だ。
それにあの男は海外の生まれ。この国の人たちよりもスキンシップは積極的だ。

―――病人になら何されてもいいわけ?

良いわけがない。病人だから、海外の生まれだから、多少大目に見てあげただけだ。
限度があるのももちろんわかってる。私だって聖母様じゃない。嫌なことならちゃんと、抵抗する。

―――あんたそういうの嫌いじゃない。なのに嫌がらないなんて――…

そう、嫌だったら抵抗しているはずなのだ。抵抗していないということは、嫌ではなかったということ。別に許せる範囲だったということ。

あれは、スキンシップの中に入るのだろうか。今までなら、あんなスキンシップをされようものならきっと逃れようとしていたはずだ。私が向こうにいた時も、あまりスキンシップをとられないように接していたのだから。同性ならともかく異性にべたべたと触られるのは嫌いなはずで、たとえ何かを患っていてもそこまでは、

「……しない」

あの男だから許せたというんだろうか。
もやもやと何かが燻っている。

「わからない、」

解決しようにも答えが出そうになかった。



シトラス味ノンシュガー
(あまい味なんてぜんぜんしない)


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