1周年企画 | ナノ


前々から、明日がローの誕生日だということは知っていた。
シャチやペンギン(特にシャチ、というかシャチ)が黙っていなかったのだ。

「なに、お前、ローの誕生日知らねェの!?だっめだなー!彼女としてどうなんだよ、それ」

とその時言われた。
だから、プレゼントをどうしようかと悩んで悩んで悩んでいたら、前日になってしまったわけで。

ローは何が好きかとか、よくよく考えると全く知らなかったし、今もわからない。なんせせっかくの夏休みもローの家でひたすらだらだらしていただけだったのだ。今だって出掛ける、よりも学校帰りにちょっと寄り道するくらいだ。
今になって、ショッピングモールにでも出掛けて、ローの趣味をリサーチしておけば良かった、なんて後悔してももう遅い。

「男なんてなァ、彼女からもらうもんだったらなんでも嬉しいんだよ」
「シャチが言うと嘘くさいな。ペンギン、何あげたらいいと思う?」
「お前が選んだものならなんでも嬉しがると思うぞ?」
「ペンギンがそう言うなら」
「どういうことだよ!!」

まさにプレゼントに悩んでいるとき、シャチやペンギンにリサーチしても具体的なものは出て来なかった。それに、勘の良いあいつのことだ、今更どこかに出掛けようと言おうものなら私の考えに気付いてしまう気がして、行動すら出来なかった。

好きなひとからもらうものはなんでも嬉しい。

そんなことは私だってわかっている。私もローから何かもらえばきっとすごく嬉しいだろう。でも、好きなひとだからこそ、そのひとの欲しいものとか、よく使うものとか、より喜んでくれるようなものをあげたい。

週末ひとりで駅ビルやらに行ってみたけれどもぴんと来るものはなく、毎回手ぶらで帰宅することになってしまった。

誕生日は明日、だ。
だから、もう、私は腹をくくる。

「ロー、あ、のさ…」
「…なんだよ」
「明日、なんだけど、さ」
「明日…?何かあったか?」

あまりに気まずくて、ローの顔を直接見ることなく話していたが、思わぬ返しに驚いてそっちを向いてしまった。

「は?自分の誕生日でしょ!!何言ってんの!!」

もしかしたら、ローの顔を見ない私をそっちに向かせるための罠かとも思ったが、言われたローはきょとん、としていた。

「明日?おれの?」
「今日は10月5日、明日は10月6日」
「…………」
「まさか、本人が忘れてるなんて…」
「誕生日なんて、別に他の日と変わらねェだろ」

祝日になるわけでもねェし。
ぶっきらぼうに答えたローの言葉は、奥に追いやった寂しさと哀しみが出て来ないようにわざと言っているような、そんなふうに聞こえた。

「ご両親は」
「仕事に決まってんだろ」

ローが、欲しいもの。

「明日、ローの家行っていい?」
「…どうぞご自由に」
「素っ気ないなあ」

ちゃんとわかった。



* * *




「お邪魔しまーす」
「おれ以外誰もいねェよ」
「いなくても言うの」

土曜日。学校もない。
本当はシャチとペンギンも呼んで一緒にローの誕生日を祝いたかった。けれど、二人には外せない用事があったらしく、プレゼントは既に渡してあると言っていた。

「今日はまた荷物が多いな」
「女の子には色々あるの」
「泊まる気か?」
「泊まった日と同じようなこと言ってるからって同じ流れにはなりませんからね」

祝う人が多ければ良いというものでもないと思うけどやっぱり私だけじゃ心許ない。

「じゃあ、何入ってんだよ」
「言ったら面白くないでしょ」
「ち、」

舌打ちを無視して、ソファの下に荷物を置いた。
そのままソファに腰を下ろす。ローも隣に座って、腰に手を回してきた。
抱きしめられる。

「誕生日に、自分以外の奴が家にいるなんてな」

ローの額が私の肩に触れている。そのせいか、声が少しくぐもって聞こえた。でもきっと理由はそれだけじゃないんだろう。

「…それだけで、こんなに―――…嬉しいものなのか、」

一つひとつの仕草が甘い。
それは、労わりや癒しを求めるようなふるまい。
恋人同士の甘さとはまた別の、甘さ。

そっと、髪を梳く。

「そう思ってもらえると私も嬉しいなあ」

名前、と呼ぶ声がして、それに、なに、と返すと、なんでもねェ、と返ってきた。
普段だって、甘えればいいのに。

「ロー、」
「ん?」
「こっち、向いて」
「なんだ、っん、」

触れた唇を離してから、いつもの仕返し、と言ってやった。
ローは、くそ、と珍しく照れていた。

そうして少し経ってからお互いの顔を見合わせ笑った。

「…で、それの中身は」

ローが鞄を指差して言う。

「うん、じゃあ、開けます」

じゃーん!という私の大袈裟な声は若干寂しく部屋に響いた。

「泡立て器、篩(ふるい)、…」
「無塩バター、生クリームなどなど、です!」
「……………」

口には出さずに、どういうことだ、とローの目が言っている。

「ローの欲しい物は、正直言ってわからなかった」

ローが欲しいものは物じゃない。
だから私に出来る、別のものをあげよう。

「だから、ケーキ、作ろうと思って」

一緒にいること。

「ローも手伝って。一緒に作ろう?」

ローはそれを聞いてからかうように笑った。

「普通は作って来るもんだろ?」
「それじゃ面白くないでしょ」

持って来た自分のエプロンを着て、器具と材料を持ち、台所へ向かった。



* * *




「メレンゲ、頑張ってね。スポンジの命だから」
「ベーキングパウダーでいいだろ、」
「はいだめー!つべこべ言わず、泡だて続けてください」

かき混ぜる系の力仕事はローに任せた。だるいとかなんとか言っていたけれど、てきぱきとやっている姿を見ていると満更でもなさそうだった。

「泡を潰さないように、繊細に混ぜてね」
「……なんでお前がやらねェんだ」
「頼りにしてるからね」
「…………」

いつものローだったら何か一言返ってきそうなものだけれど、今日のローはそうではなかった。

綺麗に混ざった生地を型に流し込み、整えて、予熱の完了したオーブンに入れる。

焼いている間は一休み。焼き終わったら、竹串刺して焼け具合を確認。
型から取り出して、冷まして、ローに二段に切ってもらった。

「はい、次クリーム混ぜて」
「その間お前は何してんだよ」
「苺切ったり」
「おれはそっちの方が得意だ。代われ」
「だめ、譲らない」

断固とした態度に、ローは渋々クリームを混ぜ始めた。
電動のやつ使えばいいだろとか文句がたまに聞こえたけれど、聞こえていないふりをした。
それに、文句を言っているわりには、真剣なのだ。

その間に、やることを済ませてしまおう。

「ロー、出来た?…はは、クリーム付いてるし」

集中していたせいか、飛んだクリームに気付いていなかったようだ。
指でそっと頬を拭う。
癖で指をそのまま舐めてしまった。

「………、」

やってしまってから気付いた。なんかこれって…。

「普通はおれがやることだよな」
「……………」

顔が熱くなる。
ローがなんだか呆れてるような気がするのはなぜだろうか。

「無意識にそういうことして恥ずかしがって…自業自得だな」
「………ご、ごめ、ん?」

横目でちらりとローを見ると、意地悪そうに笑っている。

「な、に?」
「味見、させろよ」
「…?どうぞご自由に?」

味見も何も、クリームの入ったボウルはローが持っているのだ。だから、それをローが置いたとき、一体何をするつもりなのかと疑問でいっぱいになった。

そうして固まっている間に、腰に腕が回り、顎を持ち上げられる。

「…え」
「じゃあ、遠慮なく」

口を閉じる前に噛みつかれ、舌が絡まる。唸って、精一杯胸を押してもびくともしなくて、自分の呼吸が乱れるだけだ。

「――んァ、…は、んん―――ふ、ぁ、」
「ふふ、相変わらずいい声だな」
「………この、馬鹿やろーが、」

ローはしたり顔で笑っていた。なので私の睨みも一層強くなった。

「睨んでも怖くねェよ、つーか、甘ェ」
「ふん!自業じと、」
「ばーか、お前がだよ」
「………くそ、もう台所から出てけ!!」

収拾のつかない状態になってしまったので、ローの背中を押して台所から追い出した。
されたことと言われたことに悶々としつつも、ことの発端は結局自分にあると思うと余計に自分を呪いたくなる。
顔の熱がなかなか冷めない。

それを早く冷ますためにも、デコレーション作業に熱中した。
ぬりたくってぬりたくって、途中でクリームを舐めたことを思い出して、頭を振って追い出して、ぬりたくってぬりたくっての繰り返し。
気付けば苺まで綺麗に乗っていた。

最後に、ローが必死に泡立てている間にひっそりと作った、簡単なプレートを乗せる。

「うん、よし、」

それを、ローのいるリビングの方へと持って行った。

「へえ、上手いもんだな」

あんな状態だったとはいえ、追い出したのだからもっとふてくされているんじゃないかと思っていたのに、意外と普通で不意打ちを食らった。

「まあ、ね」

弟の誕生日を利用して練習したとは、恥ずかしいので言わない。

ローはずっと、ケーキを見ている。
ほぼ最後まで一緒に作ったとは言っても、最後の見てくれは私にかかっているのだ。練習したと言ったって所詮素人だし、気が気じゃない。

「プレート、いつ書いたんだよ」
「ローがクリームとにらめっこしてるとき」
「だから無理やりクリームやらせやがったな」
「気付いたところで今更でしょ」
「まあ、な。でも、Happy Birthday、ね…」
「うん」
「そういや、まだ聞いてねェな」
「…ああ、うん、そうだね。でも、ちょっと待って」

1と6のろうそくを立てて、火をつけた。
リモコンで照明を消して、リビングはろうそくの火の温かい光に包まれる。

「高校入って、ほんとに最初の頃は、『なんだこいつ!』って思ってたけど」

嫌味というか、最初は本当に嫌な奴だと思っていた。嫌なやつなのになんで痴漢から助けてくれたんだとかって思うけど。

「今は、…あの、ローといられて、…とてもしあわせです」

隣りにいるローの手を握った。

「ロー、お誕生日、おめでとう」

なんだかすごく恥ずかしくて死にそうだったけれど、必死に笑顔を作って、目をそらさずに言った。
今日くらいは、直球で言わなきゃ、きっとだめだと思ったから。

ローといえば、なんだか気まずそうに視線を逸らした後、ぶっきらぼうに「消していいんだろ」とさっさと火を消してしまった。

「ちょっと、もっと丁寧に消しなよ」
「消し方に丁寧もくそもあるかよ、」
「もっとさー、その一瞬を名残惜しんでさあ。まあいいけどね、別に」

そう言ってから、電気をつけようと見えない中リモコンを探しても、見つからない。手に当たる気配もない。

「ロー、あの、リモコンが、」
「このままでいい」
「はい?」

いきなりぐい、と引っ張られた。

「ロー?」
「名前、」
「うん?」

横から抱きしめられて、耳に心地のいいローの声が響く。

「好きだ、」
「ろ、」
「すげえ好き」
「……、―――」
「名前、すきだ」

いきなり、なんだと思った、でもそれより、心臓が、張り裂けそうだ。
抱きしめる、ローの手も熱い。

ローの唇が、撫ぜるように耳に触れて、そのまま頬に落ちる。
ローの片手が肩をつかんで、少し強引にローの方を向かされる。
暗いのにも、目が慣れてしまった。

すぐ目の前にローがいる。息が触れるほどの距離に。
じっと、私の目を見て、離さない。

「名前、」

いとおしそうに、頬をなぜる。

「お前は?」

早く、と急かしているのか、髪を一束とられて、それにキス。

「……『すげえ好き』、です」

答えたら、ローの反応を見る暇もなくキスされる。

「ん、んん…ふァ、ろ、――んぅ」

勢いが、普段とは全く違う。ペースがつかめなくて、いつもより早く息が上がる。
そうして、息をするために少しだけ開けた唇の間を、ローの舌が容赦なく攻める。

「っは、ん、ふぁ、…んん、」

ローの表情が確認したくて、目をうっすらと開ければ、真剣で、必死な顔があった。
キスに集中して、その他のことなんか忘れて、必死に愛してくれている、そんな顔。

ふと、視線が絡まる。
離れた唇。ローも私も、息が上がっていて。
それでも、ローの首に、手を回した。
また、合わさる。
やってきたローの舌に、今度は自分から舌を絡めて。
下手でもいい。ローならきっと、わかってくれる。笑ってくれる。

今度はいつも通りのペースで、ゆっくりと、撫でるように。

最後は触れるだけのキスだった。見つめていれば、ゆっくりと抱きしめられる。

「……帰したくねェ」

堪えて、堪えて、堪えても堪えきれなかったように、その言葉には重さがあった。

「なァ、隣にいてくれ、」

切なさがあった。

「……しかた、ないなあ、」

照れながら返した言葉に、ローは安心したように笑った。





いつもは甘えられない彼の甘えを持て余してしまうほど、わたしは出来ない女じゃない


(お風呂の後)
(実はね、お母さんには友達の家泊まるって言ってあったんだよね)
(………は?)
(あはは)
(あははじゃねェよ、おれが、どんだけ、)
(うんわかってたけど)
(へえ、お前、後で覚えとけよ、)



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