10000打企画 | ナノ


「…Room」

おれのために空けられた空間で、多くの敵に囲まれながら柄に手をかける。
サークルの外では、仲間たちが思う存分戦っている姿が見えた。

「気を楽にしろ、すぐに終わる」

風を切った。
薙いだあとのものは気にしない。それは気にするだけ無駄だからだ。
次の喧騒の中に、身を埋める。
おれでさえ思わず口角が上がってしまうほど、久しぶりの獲物だ。剣を振るわない時間が惜しい。

視界の隅に映ったナマエの姿に思わず足を向けた。背後に敵。あいつが気付いていないわけがないが、茶々を入れに行くとする。これもまた、一興。

「よォ、怪我してないか?」
「まだ戦闘中なんだけど?」

ぴたりと重なる心音に、触れている以上の温もりを感じた。

呼吸も重なる、この瞬間。

「フフ、久々の獲物だ。存分に楽しめよ」

初めて背中を合わせた時もそうだった。
他人の身体なのに手に取るようにわかる、その感覚。

背中を離せば、こいつは容赦なく銃を突きつけるだろう。
おれもまた、目の前を薙いで。

「言われなくても!」

背を離した。
だから一瞬一瞬を惜しむように、そして、刻みつけるように、前に向かうのだ。



* * *



立ち寄ったある島で、運悪く海軍と鉢合わせた。
ただ、奴らの狙いはおれ達ではなく別にあったようで、目立たぬように行動していれば何の問題もなかった。
実際に事が起きたのは、出航当日だった。

まず、海軍が出向いてきている島で何事もなく過ごせたのは不幸中の幸いだったのだ。
そのささやかな幸いに気を抜いていたわけではなかったが、結果、最も面倒なことが起きたのは事実だ。

何かに追われていたらしい女が、丁度店から出たおれの背後に回り込み、首にナイフを突きつけたのだ。

「お兄さん、ごめんね。ちょっと付き合ってね」
「…おい、面倒はごめんだ」

目の前に広がるのは、大勢の海軍。

「もうとっくに巻き込まれてるから諦めた方がいいよ」

女はたまたまおれを人質にとったんだろう。つまり、おれのことを一般人だと思っている。

「……諦めた方がいいのはお前の方だ」

海軍が追っていたのはこの女、それでいて、その女にナイフを突きつけられている賞金首。

「おれは海賊、海軍には顔も割れてる」
「……え、」

向こうにとっては欲しい獲物が目の前に二匹もいるんだ。襲い掛からないわけがない。

案の定、向かってきた大群に、突きつけられたナイフが消えた。
一息ついて、柄に手をかける。
多勢に無勢だ、この女ごと切っちまおうか。
そのとき、迫る軍勢に後ずさっていたらしい女の背中が背に当たった。

「もう一回言うね。お兄さん、ごめんね。ちょっと付き合ってね」

はっきり言って、一緒に戦うおうとなんてこれっぽっちも思っていなかった。
邪魔、足手まとい、それなら切ってしまった方が楽だと。
しかし、背中を預けられた瞬間に、思わず薄く笑ってしまった。

「仕方ねェな」

手に取るようにわかった。
思考、動き、タイミング、位置。
得体のしれない感覚に、戸惑う必要性さえ見当たらなかった。
それほど、重なる。互いが互いに。
拍動と呼吸が、ひとつに。

襲い掛かってきた大群は、息も絶え絶えに伸びていた。
女を見れば息切れはしているが、何の怪我もない。
こちらに視線を寄越した女が曖昧に笑った。「付き合ってくれてありがとう。助かったよ」

それじゃあね、そう言って踵を返そうとした女の手首を握る。

「ただで付き合ってやるとでも思ってたのか?海賊相手に不用心だな」
「え、っと…?」
「そっちの用事に付き合ってやったんだ。こっちにも付き合ってもらうぞ」

女は、何も言わなかった。いや、何も言えなかった。
手に取るようにわかったということは、お互いの力量もまた然り。
女のホルスターに収まる二丁拳銃は弾切れ、ただでさえ強い相手に対してどう足掻こうというのか。

「何に付き合えっていうの」

反抗も逃亡の意思もなかった。ただ、瞳からは先ほどの勝気な光が消え、不安がにじみ出ていた。

「そうだな…最果てまでの旅路に」
「…………」
「仲間になれ。ひとりで追われなくてすむ」

ひとりでも平気だ、という言葉は返ってこなかった。こいつ自身わかっているんだろう。一般人ではなかったにしろ、人質を取らなければならないような状況にまで陥ったのだから。

それに、重なりすぎた心拍が、互いを強く引き寄せる。

「…うん、乗る。あなたの船に」



* * *



「馬鹿だろ、早くこっち来い」

血がべったりとついた腕を脱脂綿で拭っていく。血は止まったようだが、こうも範囲が広いといつまた出血してもおかしくない。
そんな状況でありながら、なんでもないと言って掃除やら洗濯やら飯作りやらに首をつっこむだろうから、包帯も巻いてやった。

ナマエには大袈裟だと笑われたが、傷を気にもせず動き回るだろうこいつを気にかけてやった結果だ。

「怪我は、敵襲より久々だなあ」

巻かれた包帯を見ながら、感慨深そうに言う。

「生きてる、って感じするよね。怪我すると」

この船に乗った頃もなかなかの強さだったが、こいつはよく怪我をした。
ひとりだったからだ。仲間の頼り方を知らなかった。ひとりではない戦い方を知らなかった。
だから、そばにいた。おれが、まず近くに。

「ローは嫌だと思うけど」

船員たちも、よりナマエを知ろうとした。
ナマエは、ひとりではないことを知ったから、怪我をしなくなった。生きていることを強く認識したのだ。

「当たり前だろ。愛する女の身体に傷だぞ?」

生きたいと、強く思っている。それだけじゃない。おれの隣で、息をしていたいと。
そう思っているのがわかってしまったから、そう強くも言えない。
それをこいつもわかっていて。

「でも、生きてる」

だからこそまた、こう言うのだ。

「守れる。これからも」

一瞬一瞬を刻む拍動が、ただ自分だけのものではないと知っているから。
ひとと共にあることを知ればこそ。

「だから、怪我はローが治して。守って、私たちを」

おれだって、同じだ。

「いくらでも」

互いに笑った。



* * *



処置が終わっても、ナマエを離すつもりはなかった。こいつは軽い傷と思っているのかもしれないが、意外に深い傷だったのだ。離したらこいつは真っ先に仕事をするだろうから、今日ぐらいは何もさせるつもりはなかった。

というのは建前で、おれは多分、久々に怪我をしたこいつを、自分の傍に置いておきたかったのだと思う。おれの精神的安定のために。

ソファの上で、ナマエを後ろから包むように抱き込む。腹の方に手を回せば、心拍が跳ねるさまが手に取るようにわかる。

「心拍、速ェな」

つまり、おれのもばれているということだ。

「そういうローも、でしょ」

返ってきた言葉にばれないように笑った。

「素直に好きって言ったら?」
「それはお前もだろ」

弱く、縋りつくおれを、情けなく抑えきれない涙を許してくれたこの存在を、おれはもう二度と離すことはできない。離すつもりもないが。

「まあ、好きだけど、それだけじゃ足らないし」

いつの間にか、いや、出会った瞬間からなのかもしれない、ナマエはおれの一部なんじゃないかと。

「黙って、ほら、…聞け、」

二人して速い、それなのに同じ拍動に、おれ達は安心するのだ。

「ロー、好き。愛してるよ」
「知ってる」
「離さないから、離れないで」
「お前が離れられねェんだろ」

馬鹿みたいだ。離さないのも、離れられないのも、おれも同じなのに。
そんな自分に心の中で笑って、ごまかすようにこっちを向けと耳元で囁く。早くと、回した腕に少し力を込めることで促して。

あまいそのくちびるに触れる。

「ナマエ、好きだ。愛してる。おれの心臓が止まるまで、好きなだけくれてやるよ」

とろけた瞳の中に失われることのない芯の強い光を灯したまま、ゆるく微笑む。

たまらず、深い口付けに溺れた。



これまでも、これからも、貴女のことを
(この音が止まるまで、きみを離さない)








心拍数#0822」のイメージで。
ローさん視点希望。


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