10000打企画 | ナノ


「あの…。ずっと前から、すき、です」

好きで、好きで、好きで、それはもう好きで仕方ないくらいに好きだった。
自分でさえ内気でどうしようもないと思っている私がこうして、目の前の人を呼び出して告白しようと思ってしまうほどに。
もちろん、ダメで元々と思っていたから期待なんかしていなくて、玉砕当然で、それでも伝えなきゃ気が済まないくらい好きになってしまっていたのだ。

「気持ちを伝えられればそれで満足なので、あの、それじゃ、」

言い逃げ。
目の前の人が何も言わないうちに、この場を離れたかった。
でも手首をつかまれて、離してもらえなくて、逃げられない。

「呼び出しといて、言い逃げかよ」
「ちが、」

間違っていない、全くその通りで、図星だったからこそそう言ってしまった。
目の前のひとは不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。

「あの、」

そう促すと、少し視線をそらされた。

「……おれも、同じだ」
「…え?」

返ってきた言葉はひどく小さくて上手く聞き取れなかった。心なしか、目の前のひとの耳が赤くなっているように見える。

「あの、いま、なんて、」
「だから!…おれも好きだって言ってんだよ、」

嘘のようだ、だって今まで、ろくに関わったことなんかなかったのだから。
話しかけてみたくて、でもそんな勇気もなく、ばれないように遠くから見ているだけ。もしなにか話すことがあっても、いわゆる事務的な連絡だった。そんなふうに話すときでさえ、目を合わせてくれることはなかったのに。

「ほ、ほんとに…?からかってない?」
「言わなきゃわかんねェのかよ」

ずっと見てたから知っていた。不用心に人をからかうひとじゃないことは。
でも、現実があまりに信じられなくて、夢なんじゃないかと思ってしまうくらいに混乱していた。でも、苦しすぎる胸の痛みは夢じゃない。

「ん、」

私は差し出された手を遠慮がちに握ったのだった。



* * *



付き合うことになった、のだと思う。帰りも一緒に帰るし、最近は登校も一緒だ。だけれど、それだけ。登校中、下校中に特に会話はなく、あっても自分の拙い話だけ。ローくんはそれに相槌を返すだけだ。返すだけ、なんて言い方が良くないかもしれない。そもそもそんなに話の上手くない私が、沈黙をどうにかしようという思いのみで話しているのだから、大した内容でもないのだ。
そういえば、手を握られたのも、告白した時が最初で最後だ。
そう思うと、とても寂しく、悲しくなった。

そんな状態で、その先のことをしているわけは当然なくて、これは付き合っていると言えるのかと考え込んでしまった。だからせめて、彼氏彼女であるようなことをしようと始めたのが、お弁当作りだった。

今日もその手作り弁当を携えて、先に屋上に行っているだろうローくんの元に向かう。最近は、ローくんの幼馴染み二人も一緒にお昼を食べている。
二人の存在には内心とても感謝していた。なぜって、やっぱり、ローくんと私の間には全然会話がないから。二人が加わってくれると、ローくんはよくしゃべる。表情も柔らかくなる。楽しそうにしている。それに私も混ぜてくれるから、とても楽しい。それに、ローくんは私といるのつまらないんじゃないかと、考えずに済むから。

階段を上り終えて、扉を少し開いた。すると幼馴染みのひとり、シャチくんの声が聞こえる。

「…にしても意外だったなァー。ローが名前と付き合うなんて」

扉を開いたまま、ドアノブから手が離れなかった。足も接着剤でくっつけられたかのように動かない。

「今まであーいうタイプと絡まなかったじゃん、お前。後がめんどくさいからって」

おい、シャチ、とペンギンくんが阻むように声を掛けるけれど、シャチくんの言葉は止まらなかった。

「なァ、なんで?やっぱ遊びなわけ?珍しくって手ェ出してみたくなったとか?」

嬉々として詰め寄るような声色に、恐ろしくなった。
遊び、かあ。そっか、そうなのかも。ひどく納得してしまった。自分がとても惨めで、たまらなかった。

は、っと気がつくと、立ち尽くして泣いていた。どうにかしなきゃと思ったけれど、どうにかするって何をどうするつもりなんだろう。自分でもわからなかった。涙を拭って、乾くのを待って、何もなかったかのように三人のところに行くのか、そう選択肢を考えた時に、馬鹿馬鹿しいと思った。そんなふうに振る舞えるほど私が強くないのは、自分が一番よくわかっているのに。

がしゃん、と足元に何かが落ちる音がした。
それが何か確認する間もなく、私はもと来た階段を駆け下りていた。

運動が苦手な鈍臭い私が、こんなにも速く駆け下りられるなんて、とどうでも良いことが頭をよぎる。気づけば持っていたお弁当箱がない。そこでやっと、がしゃんと音がした理由がわかったけれど、もうどうでもよかった。

私は教室に戻って、鞄をひっつかむと、学校を後にした。



* * *



馬鹿馬鹿し過ぎて、シャチをたしなめようする気にもならなかった。
前はめんどくさそうな女なら付き合わなかったが、本気で惚れた女がめんどくさくたって別に気にはならないだろう。それに、名前は別にめんどくさい女じゃない。

だが流石に、この馬鹿馬鹿しい言葉に我慢がならないと思った時、扉の方からがしゃんと音が聞こえた。それから、誰かが走り去る音。
もう、名前が弁当を持って現れてもおかしくない時間帯だった。

視線をシャチに移すと、おれの顔を見てはっとした顔をしていた。それから徐々に顔色が悪くなる。
当たり前だ。おれは余程怖い顔をしていることだろう。

「シャチ、お前、後で殺す」

ひ、と悲鳴を上げたシャチを放置し、扉を開けると二人分の弁当箱が転がっていた。ぐちゃりと中身が出てしまったそれは、もう食べられるものではない。せっかくあいつが作ってきたものをこんなにしたシャチに更に怒りが湧いた。本当ならば放っておくわけにもいかないが、今は名前が先決だと、急いで階段を駆け下り、教室に戻った。

教室に名前の姿はなく、机の横にかけられているはずの鞄も無かった。クラスのやつに聞いても、鞄を持って出て行ったことしかわからなかった。

下駄箱に既に靴はなく、時間からするともう駅に着いて電車に乗っていてもおかしくなかった。
その日、初めて名前に電話をしたが、携帯の電源が切られているようだった。



* * *



連絡なんか来るはずもない、そう思いながらも、昨日は携帯の電源を落としてしまった。
流石に、学校を休んだりはしないけれども、向かう足取りは重い。ローくんとどう接したらいいのかも結局答えが出ないまま、電車に揺られている。そもそも、お弁当を持って行かなかったし、勝手に帰ってしまったし、電源を切っていたせいで、電話も出れなかった。いや、電源が入っていたからといって出たかどうかはわからないけれど。

でも、そういう理由で怒っているかもしれない。…そもそも、怒ってさえくれないかもしれない。だって、遊びかもしれないんだから。もう、隣には別の女の子がいるかもしれないんだ。胸が痛んだけれど、今までの関係性を考えると、そうなっていたっておかしくなかった。

足取りは余計に重くなる。溜息がこぼれる。

高校の最寄り駅に着いて、階段を下りた。人でごった返している改札の方を見やる。そこで、見つけてしまった。自販機の横、ポスターの貼ってる壁に寄りかかって、じ、と人混みを見つめるローくんを。
待っているのは、私のためではないかもしれないけれど、今通ったら間違いなく見つかってしまう。ただ気まず過ぎてどうしたらいいかわからないという気持ちからだけれども、それは避けたかった。

第一、待ち人が来れば、一緒に学校へ向かってくれるだろうと、私は見つからないように女子トイレに駆け込んだ。

―――まだ、いる…

電車を降りた人の波に紛れて何回目かの確認をしたときも、ローくんはそこにいた。人の波が来る度に目を凝らしている。それがなくなると、今度は誰かに電話していた。

まだ、来ないのかな、待ち合わせてる人。もし、私を待っているなんてことがあるなら、気にせず先に行ってほしい。私が言えたものではないけれどもうそろそろ駅を出ないと、遅刻してしまうから。

でも、待ち合わせてる相手は、自分が遅刻しようと待っていたい人なのかもしれない。ローくんたちが行ってくれないと私はここを出られないから、私も遅刻するということで、それはちょっと困る。困るけれども、やっぱり出て行くことは出来なかった。

そしてそれから何回か人の波をやり過ごした。一時間目はとっくに始まっている。なのに、ローくんはまだそこにいた。誰をそんなに待っているの。でもきっとそれは私じゃない。悲しい。

そんなふうに思っていると、携帯が鳴った。今は人も全然いなくて、音が響いてしまっている。慌てて携帯を手に取り、着信を確認するとそれはローくんからで、震えた手は携帯を落としそうになった。なんで、私に電話なんかかけてきたんだろう。わからない。ローくんを理解出来るほど、私はローくんを知らない。

着信音はあと何コールかすると鳴きやんだ。しかし、間を開けずにまた鳴り出す携帯。相変わらず、人のいない駅構内に着信音が響く。流石にこれはまずい。ローくんにも聞こえているだろう。しかも、鳴るタイミングがかけたタイミングと同じなのだ。それは私がここにいると言っているようなもので、そうそして、私は重大なミスに気がついた。ローくんの様子をうかがうために、女子トイレの入り口付近に立っていたのだけれど、ここではローくんから私が見えてしまう。

恐る恐るローくんの方を見やると、電話片手に、私を見据えて、歩き出していた。



* * *



真面目な名前のことだ。学校に来ないことはないだろうと、駅で待ち伏せすることにした。いつも使っている電車の何本か前に乗り、人の波が来る度にその姿を探す。 いつもの時間を過ぎてからは、何本かに一回、既に学校にいるだろうペンギンに名前が来ていないか確認の電話をした。

名前は学校には来ていないようで、もうすでに一時間目が始まっている。
仕方ないので携帯を取り出し、名前に電話をかける。それと同じタイミングで鳴る着信音が構内に響いた。間髪入れずにもう一度かける。同じ着信音が鳴る。鳴った方向に目をやった。女子トイレの壁に寄りかかって、携帯を握りしめ、画面を凝視している名前の姿が目に入る。

電話はかけっ放しのまま、その姿に近づく。それに気づいた名前は、驚き過ぎてなのか焦り過ぎてなのかその場から動けないようだった。

女子トイレの中に足を踏み入れずとも手の届くところにいた名前の腕を掴んで引っ張る。奥に逃げ込まれたらたまったもんじゃない。そのまま、無理矢理駅から引きずり出した。

学校へ着くまでというもの、互いに無言だった。そういえば、こうして手をつなぐのはいつぶりだろうか。
思い出したのは、あの告白のときだけだ。
そう考えると、無理矢理に繋いだ手に無償に照れ臭くなる衝動を必死に抑えた。普段のおれなら、手をつなごうと言われても、振り払ってしまうかもしれない。それはもちろん、嫌だからではなく、なんだか、たまらない気持ちになるからだ。大半は照れや恥ずかしさから来るそれは、おれの感情とは反対に働いてしまう。そう、だから、名前が何も求めて来ないことにおれは安心していたのだ。

教室にはいかなかった。教員の通らないような道を選んで、定番の屋上へ向かう。名前はされるがままにしていた。



* * *



別れを、切り出されるんだと、そう思った。
私は、その決定的な言葉を聞きたくなかったのだと思う。だから、あんな逃げるようなことして、そう、傷つくならいっそ、と所謂自然消滅を望んでいたのかもしれない。状況が状況だからと深く考えられない状態で、必死にひねり出した解答だった。

結局、私はローくんの顔を見られないままだ。ローくんも私から目をそらしているみたいだった。繋がれた手だけが熱い。記念すべき二回目の手繋ぎなのに、もうこれが最後なのかもしれない。

私は、どうしたいんだろう。
遊びだったの?なんて聞けない。遊びだったなんて!って怒れない。そもそも私たちって付き合ってたのかな、それが一番まともな質問の気がした。

「…おい、」

唐突にかけられた言葉に肩を震わせた。顔を見た方がいいに決まってる。でも、そんな度胸は私にはもうない。

「……………、」
「なんか、言えよ」
「な、なに、を?」
「何かあるから、こんなことになってんだろ、」

こんなことって、こんなこと、ってなに?こんなこと、で片付いちゃうの?
駅で待たせちゃってごめんね、って、昨日、お弁当持っていけなくてごめんね、って、私のせいで授業出られなくてごめんね、って、そう言えばいいの?

全部、私のせい?

「……わかんない」
「は?」
「ローくんが全然わかんない」
「………」
「ローくんこそ、なにか、いってよ、」

いつもだんまりだった。
照れ臭そうな笑顔も、あの時だけだった。

「…………、」
「…いってよ、」

下を向いたままの顔に、冷たい何かが伝う。やっと繋がれた手は、虚しいだけだった。

「おれ、は、…」

そこで言葉を切ったローくんはちらりと私を見て、泣くなよ、と言った。

「泣いてなんか、」
「……泣いてんだろ、」

これは、涙だったんだ。ローくんの前で初めて泣いたなあ。でも困ったことにいくら拭っても止まらない。ごしごし擦っても止まらない。

「馬鹿だろ、そんなに擦るな、」
「馬鹿でいいもん、」

そう言って、またごしごしと擦る私の手をローくんが乱暴に掴んで、強引に引き寄せられた。
びっくりして思わず覗き込んだローくんの顔は真っ赤だった。視線を逸らして、自分でした行動にローくんも驚いているようだった。それなら、なんで。

「……な、んで、…なんでこんなことするの、」
「………知らねェよ、身体が勝手に、…動いちまった」

きまりが悪そうに言う。

「だって、だって、あ、あそび…なんでしょ、もう別れよう、って話なんでしょ、」

ひどく悲しいのに、安心するローくんの腕の中で、やはり涙は止まらない。さっきよりも多く頬を濡らす。今まで思っていて口に出さなかった分が全部流れ出るように。

「…遊びなわけ、ねェだろ」
「だってロー君、何も言ってくれない…!だから私、ローくんのこと何も知らなくて、これって付き合ってるって言うのかなって、思って…」

今の私、すごくうざいだろうな、って思ったけど、もう止まらなかった。ローくんは、本当に私のことすきなの、って気付いたら口に出していた。別に嫌いじゃない、って、それは、嫌いじゃないけど好きでもないってこと?

「っちが、そうじゃ、ねェ、」
「……いつもそうやって、言ってくれない」
「―――す、好きに、…好きに決まってんだろうが!」

より一層真っ赤な顔を隠すように、抱きしめる腕に力が入った。必死で、こんなローくん見たことがなくて。

「名前が、お前が可愛いから、おれは、……っ、」

ローくんは、はっとしたように口をつぐんでしまった。その先を聞きたくて、顔を見上げる。

「馬鹿、こっち見んな」
「続き、言ってくれたら、」
「誰が言うか、馬鹿」
「馬鹿ばっかり。ローくんの馬鹿」

いつの間にか涙は止まっていた。それでもまだ視界の滲む目を、目の前のシャツに擦りつける。

「くそ、ほんと、そういうことすんな」

切羽詰まったように言うローくんの背中に、負けじと腕を回した。
びくりと動く、ローくん。

「だから、そういう、」
「もっと、知りたいの、ローくんのこと」
「………知らねェよ、馬鹿名前」

そう言いながらもより強く引き寄せられて、肩にローくんの額が乗る。強く押し付けられた。

「遊びは、うそ?」
「あァ」
「付き合ってるよね…?」
「あァ」
「別れないよね、?」
「あァ」
「……すき?」
「…すき」

初めて見るそんな姿がかわいくてうれしくて少し笑うと、拗ねたようにこっちを見てきて、お前は、と言う。

「…すき、です」



こんなに近くに、一番近くにいるのに



「…シャチはシメておいた」
「え?」
「余計なこと抜かしやがったのはあいつだ」
「…そっか、」
「それと、弁当、得意じゃねェなら無理しなくてもいいぞ、」
「ローくんは、そういうの嫌?うざい、かな、」
「……嫌いじゃねェ、けど、お前が無理すんのは、…なんか違うだろ、」
「…お弁当、おいしいって思ってくれてるんだ、?」
「食えなくは、ない」
「…ふふ。わかった」



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