(二人がくっついた後)
いい匂いがして、意識がうっすらと戻ってくる。さっきまで何だか夢を見ていた気がするけど、何の夢だっただろう。
「んん、―――…んぁ、ばーなびーさん?」
隣で寝たはずの彼からは返事がない。手をばたつかせて探っても、わずかに温かいだけでなにもない。
「ん?あれ、いな、い…?」
眠くて、まだ目はつむったままで。
「ばーなびーさーん」
「あれ、もう起きちゃったんですか?まだ寝ていても平気なのに」
ベッドがわずかに軋む。彼の温かくて大きな手に髪を撫でられる。
「んん…?あれ、しごとは?」
「有給、流石に使ってくれないとって会社から言われたって昨日言いましたよね」
「あ、そっか、わたしも、やすみ、…」
「そう、だからまだ寝ていて。朝食出来たら起こしに来ます」
「ちょうしょく…朝食?え、あ、ごめんなさい!私、何もしてな……い、った」
バーナビーさんの言葉にすっかり目が覚めて、身体を起こした。そのときに痛んだ、腰。
「大丈夫です?昨日は無理させてしまいましたから…、朝食は僕に任せてください」
ほら、そんな格好しているとまた襲っちゃいますよ、なんて言われたときに自分の身体を見た私は慌ててシーツを被り直したのだった。
「結局、起きてきてしまったんですね」
「目が完全に覚めてしまったので…」
「すみません…腰、平気です?」
「歩ける程度には」
少し拗ねたように言うと、バーナビーさんはフライパンを振るいながら困ったように笑っていた。
「貴女が可愛くて、つい」
「もう…、いいですその話。恥ずかしくなるから」
何をやればいいかと訊けば、サラダを作ってくれと言われたので、その作業に取りかかることにした。
「なんか、こういうの…いいですね」
二人並んで、台所に立って。
「貴女と暮らしたら、こんな感じになるんでしょうね」
「……気が、早い気がします」
このひとにとっては、家に自分以外の誰かがいることも珍しいことだと思うから。
「でも、考えずにはいられないんです」
バーナビーさんは幸せそうに微笑んでいる。
「私だって、考えないわけじゃないです。……でも焦っちゃ駄目ですよ、きっと」
火を止めて、フライパンを置いたバーナビーさんがこちらを向く。
「なんだかすごく、貴女にキスしたいな」
「……え、」
いいですよね、なんて言いながら有無を言わせず近づく彼が憎い。
「……な、んで、そんないきなり、」
「貴女のせい、ですよ」
唇はちゅ、と優しく触れて離れていった。恥ずかしくて、思わず俯く。
「貴女が、すごく嬉しいこと言うから」
まな板の上に置いてある野菜なんてそっちのけで、バーナビーさんの腕が腰に回る。
「…焦りたくもなります」
俯いていた顔を上げた。バーナビーさんの目を見る。
「焦る必要、ないです。私は逃げも隠れもしませんから。それに、焦ると貴方、何も見えなくなっちゃうでしょう?」
「そういうところ、本当にたまらない、な」
腰に回った手に力が入る。ぐ、と引き寄せられて、彼の胸に頭を預けた。心臓の音が聞こえる。
「おなか、空きました」
「今そんな雰囲気じゃないでしょう」
「それだといつまでも食べられない気がして。冷めちゃいますし。おなかの音が鳴っちゃうよりはいいと思いますよ」
仕方ないなあ、と言ったバーナビーさんは名残惜しそうだったけれど、私も彼に甘くばかりはしていられないのだ。
本当は、向かい合ってお互いのことを話しながらご飯を食べることが一番、彼と家族になれた気がするから、早くそうしたいだけなのだけれど。
やがて来る変えられない結末
(だって結局、そこしか考えられないんだもの)
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