久し振りの敵襲だった。轟く銃声に、軋む床、刀と刀が火花を散らして、また次へと。
みんなが喜んでいるのがわかる。腹を空かせた猛獣が、獲物を目の前にしているみたいに。心が躍る、身体が舞う。狂気に身を浸す、今、この瞬間。
「よォ、怪我してないか?」
「まだ戦闘中なんだけど?」
背中を合わせたこのひとが誰よりも楽しんでいる。
「フフ、久々の獲物だ。存分に楽しめよ」
「言われなくても!」
そう言って互いに背中を離した。背中を預けた少しの間で確認した拍動に乱れはなくて、むしろピタリと重なっていた。
向こうもわかったのだろう。薄く笑う気配がした。
二丁の黒鉄を構えた。躊躇いなく引き金を引く。
私たちは今を瞬間単位で生きているのだ。
敵船はどこかに上陸したすぐ後なのか、物資がそれはもう色々と積まれていた。久々の戦闘を圧勝で飾った私たちはその仕分け作業に取り掛かっている。
「おい、ナマエ!お前怪我してんじゃねェか!」
そうシャチに言われて気が付いた。左腕が案外ばっさりと切れている。血が、床を濡らしていた。
「本当だ」
「なんで気が付かねェんだよ!さっさと船長のとこ行ってこい!」
担当していた仕分け分を他のクルーに任せて船長室に向かった。
「足音で誰かわかっても、確認してから許可した方がいいよ」
「いらねェよ。馬鹿じゃねェからな」
船長室の扉の前に立ってノックするその前に、いつも「入れ」の声がかかる。確認しろと言っても聞かない。さっきのやりとりのように。
「で、どうし……お前、まさか気付かないで仕事してたのか」
「さっき、シャチに言われて気が付いて」
「馬鹿だろ、早くこっち来い」
手際良く処置が進んで行く。血の跡が綺麗に拭われて、アルコールの脱脂綿が表面を撫ぜる。それは労わるようにやさしい。
巻かれる包帯に「大袈裟」と笑えば、「こうもしないと、傷口が開くようなことするだろ」と返された。
「怪我は、敵襲より久々だなあ」
この船に乗って随分経った。あの頃に比べてずっと強くなった。怪我も全然、しなくなった。
「生きてる、って感じするよね。怪我すると」
このひとの傍にいるために。これからも傍にいて、そこで息をしていたいから。
「ローは嫌だと思うけど」
「当たり前だろ。愛する女の身体に傷だぞ?」
そう言いながら少し嬉しそうにしているのは、私の気持ちがわかっているからだ。
「でも、生きてる」
怪我をしても、その傷が残っても、いい。死ななければ、生きていれば、いい。
「守れる。これからも」
船、仲間、貴方。
先の見えない旅だけれど、もし最期が来るときにはどうか最期まで守れますようにと願う。
「だから、怪我はローが治して。守って、私たちを」
「いくらでも」
互いに笑った。
処置が終わっても、ローは私を仕事に戻させてはくれなかった。いくら軽いものといっても怪我をしたことに少し、思うところがあるのだと思う。
座り直したソファの上で、私はローに後ろから包まれるように座っている。お腹に回されたローの腕に心臓が跳ねる。
「心拍、速ェな」
「そういうローも、でしょ」
この船で、救えない命があったとき、縋るように抱きついてきたこのひと。必死に抑えて、それでも零れた涙を私は知っている。
「素直に好きって言ったら?」
「それはお前もだろ」
その姿を見て、私はまた泣いたのだ。
「まあ、好きだけど、それだけじゃ足らないし」
それからまた、同じようなことがあっても泣けないこのひとの代わりに私が泣いて、それを確かめるようにこのひとが私を抱きしめて。
「黙って、ほら、…聞け、」
いつもよりずっと速い心拍に安心するのだ。
「ロー、好き。愛してるよ」
「知ってる」
「離さないから、離れないで」
「お前が離れられねェんだろ」
こっち向けと耳元にローの声。お腹に回った腕にも少し力が入り、促す。
ちゅ、と触れた唇。近い距離のままでローが言う。
「ナマエ、好きだ。愛してる。おれの心臓が止まるまで、好きなだけくれてやるよ」
もう一度触れた口付けは、ずっと深くて溶けだしそうだった。
これまでも、これからも、貴方のことを
(この音が止まるときも、きみと一緒ならいい)
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